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∽∽∽∽∽目次∽∽∽∽∽

■ 日本とタイ、ここが違うリスト 2007年1月
■ 激辛の正体 2006年11月
■ タイ語のお勉強アドバイス 2005年12月
■ 闘魚「カーウ・テーウ」繁殖記 2005年7月
■ その名は「カメ」 2005年6月
■ プーケットロブスター 2005年5月
■ 密偵・色即是濁 第六話「から揚げバッタ」編 2005年4月
■ 玉子料理コーナーの情景 2005年3月
■ エビ釣り 2005年2月
■ 密偵・色即是濁 第五話「タイ人は〜」編 2004年11月
■ 密偵・色即是濁 番外編「その日の密偵」 2004年11月
■ 密偵・色即是濁 第四話「赤子持ちマングローブ蟹」編 2004年10月
■ 密偵・色即是濁 第三話「ぶよぶよ蟹」編 2004年10月
■ 密偵・色即是濁 第二話「たにしカレー」編 2004年10月
■ 密偵・色即是濁 第一話「鮮血ラーメン」編 2004年10月
■ タルンゾー氏 今夜もボヤク               2004年 6月
■ JAPAN TIME 時間厳守!!              2004年 6月
■ 天使の都、微笑みのタクシードライバー        2004年 6月
■ 雨のプーケット                        2004年 6月
■ 交通裏事情                          2004年 5月
■ 目の前、そのまんまのプーケット            2003年12月
■ プーケットライフを楽しむ                  2003年 3月
■ お釣りの勘定が遅い                   2002年 4月
■ 品切れのジレンマ                     2002年 4月
■ 地元レストラン案内のジレンマ              2002年 4月
■ 夜のアップデート                      2002年 3月
■ マイペンライについて                   2002年 1月
■ 立志編 2000年10月

07年1月

日本とタイ、ここが違うリスト
(随時追加、情報募集中)

項目 日本 タイ 投稿者 異議申し立て
言語 日本語 タイ語 andante
電圧 100V 220V andante
テレビ方式 NTSC PAL andante
時間 例:12時 10時 andante
仮面ライダーの正体 バッタ 赤アリ andante 初期もの
ラーメンの香辛料 胡椒 一味(唐辛子) andante みそ味を除く
十二支・その1 andante
十二支・その2 山羊 andante
飲み会の支払い 割り勘 仲間内の一番金持ち andante
ビールの注ぎ方 相手が持つコップに注ぐ 自ら相手のコップを持って注ぐ 密偵
誕生パーティーの主催 側近他 本人 andante
ミス 自認 沈黙 andante
朝のあいさつ おはよう ご飯食べた? andante
電話のあいさつ もしもし ハンロ〜 andante
帰宅のあいさつ ただいま〜 無言 andante
自分の呼び方 一人称 ニックネーム andante
在庫補充 品切れの前 品切れの後 andante
道を尋ねる 道順を教えてくれる そこまで案内してくれる andante 徒歩範囲に限る
冷蔵庫の用途 要冷蔵食品の保存 アリ防止に
砂糖やお菓子も保存
andante
タクシーの呼び止め方 手を頭の上に挙げる 手は仰角30度、腰の辺りで
オイデオイデと振る
andante
タクシードアの開閉 自動 乗客の手動 andante
バス停の人 一列 だんご状 andante
野良犬 駆除される  共存している
オカマちゃん 敬遠される 共存している
トイレの紙 一緒に流す 箱に捨てる
季節 4つ 3つ ケンゾー
歯ブラシ 小さい でかい ケンゾー
お酒販売 24時間 時間規制あり ケンゾー
バイクの定員 2名 たくさん ケンゾー 市街地を除く
ガソリン購入 スタンド 個人販売有り ケンゾー
レストラン 持ち込み不可 持ち込み可 チャオ&ちゃおず アルコール類
車の定員 厳密 ない チャオ&ちゃおず
美容院等のシャワー  お湯 ときどき、水 みをぴぃ
レストランの店員  立ってお出迎え  (時々)座ってる みをぴぃ
クリスマスの飾り  クリスマスまで  正月すぎてもあり
ラーメンの自主追加調味料 特に無し 醤油、酢、砂糖 andante 香辛料を除く
ラーメンの代表的な具 チャーシュー フィッシュボール andante
ラーメンの食べ始め そのまま食べる ぐちゃぐちゃかき混ぜてから andante
トカゲ 空は飛ばない 空飛びトカゲが実在する andante
お化け 多くの人が信じない 殆どの人が信じる andante
子犬 家族のペット 子供のおもちゃ andante
アリの進路を断つ 迂回する 噛み付いてくる andante 赤アリ
ゴキブリに殺虫スプレー 床を逃げ惑う 飛んで、肩にとまるヤツがいる andante
雨降り 傘を差す 雨宿り 哲&andante
女性の遊泳着 水着 Tシャツ
緑麺 茶の葉 パンダナスの葉 andante
のこぎり 引き切り 押し切り andante

以下、掲示板にて投稿募集中

06年11月

激辛の正体


タイ料理は辛い。
は、正しいですが全ての料理が辛いわけではありません。
バミーナーム(ラーメン)、バミーパッド(ヤキソバ)、カオパッド(ヤキメシ)
などは調理後に自分の好みで香辛料を入れます。
また、トードマンクン(すり身エビのさつま揚げ)他揚げ物も
甘いのやら、酸っぱいのやら、辛いタレを付けて食べるので選択の余地有り。
そのまま食べても美味しい。
一方、ヤムウンセン(春雨サラダ)、ソムタム(パパイヤサラダ)
バイクラッパオムー(豚挽肉のホーリーバジル炒め)他の炒め物には
既に唐辛子がたっぷり刻み入れられています。

*注文の極意は唐辛子の本数を指定する事。

ソムタムなどは黙っていると7〜8本の唐辛子が放り込まれています。
私は3本くらいで注文します。
過日、コーヒーショップの現地オフ会で、琥珀美人さんは
通りかかった屋台のソムタム売りを呼びとめ注文
「サイプリック、チンディアオ(唐辛子、一本だけ入れてください)」
一本ですと。心の中で「このヘタレが」と笑ってやりました。

さて、タイ産の唐辛子は日本産のそれより辛いと聞いた事があります。
本当でしょうか?
それぞれ一本づつ並べ、生をカリッと味見、辛さを比較した事がないので真偽のほどは判りません。
試された方いらっしゃいますか?
ただ、シシトウは違います。
まだ移住する前、一旅行者であった頃、処はバンコクの片隅、
ラーメンばかり食べていました。
今でもラーメンは良く食べますが、いろいろな選択肢が有る中で
好きなラーメンを選んでいる訳ですが、
当時はココナッツミルク入りや香菜が口に合わず、
それ以前に言葉の問題もあって、ラーメンばかり食べていました。
ラーメン食傷気味のあるとき、屋台の巨大な唐辛子の串焼きが目に留まりました。
『シシトウだ!』
喜んで飛びつきました。
甘め醤油タレも絡めてあり、最初の一口は日本のシシトウ焼きそのものでした。
ちょっと辛いかな?と言ってもピリッと来る程度で
ムシャムシャ2〜3本食べました。
なぜか周囲のおじちゃん達がニタニタ笑っていましたが
「微笑みの国タイランド」なのだと善意に解釈していました。
その後、口の中はそれ程辛くないものの
胃の辺りに燃えるような痛みが襲ってきました。
急いでホテルの部屋に戻り、ベットの上で数時間七転八倒しました。
タイのシシトウは日本のシシトウよりはるかに辛い。体験済み。

話は戻って唐辛子はどうなのでしょう。
入れる量はかなり違う、しかし一本の辛さはどう違うのでしょう?

とある地元タイメシ屋にて
出てきたタイ料理がやたらに辛い。
そこで
アルミのヘラヘラのフォークとスプーンで根気良く赤い唐辛子片を皿の片隅に除ける。
スプーン一杯分くらいは直ぐ溜まるでしょう。
これで安心と一口食べる。まだ辛い。
もう一度根気良く探すと、ネギだと思っていたのが青い唐辛子だった。
これも皿の片隅に除ける。またスプーン一杯分くらいは溜まるでしょう。
これで、やれやれ一口食べるとやっぱり辛い。
既に唐辛子エキスが料理に溶け込んでいるのでしょうが、それにしても辛い。
更に根気良く探す。
ありました!

唐辛子を入れる料理でも
日本のレシビでは種は省くとなっていますが、
こちらではそんなメンドクサイことはしません。
種が詰まった唐辛子をそのまんま入れます。
この種の辛さがまた強烈。
皮の辛さが口の中に平等に広がる親切な辛さならば
この種の辛さは一点に突き刺すような辛さ。
おばあちゃんの裁縫箱の中、小さなクッションに縫い針が一杯刺さっているのがあるでしょう。
あんな感じです。
結局、その調理の過程でタイの唐辛子は日本の2本以上に相当するのです。
この種を全て片隅に除けるのは不可能に近い。

*注文の極意は唐辛子の本数を指定する事。

これに尽きます。
05年12月

タイ語のお勉強アドバイス


タイ語を勉強しているものの、現場でどうも通じにくい。
と考えておられる方へのタイ語学習アドバイス

その1.五声調

例えば、音程は正しくありませんがイメージを捕らえるとして
一声調は「ソー」
二声調は「ファー」
三声調は「ラーソ」
四声調は「ラーシ」
五声調は「ファーソ」
と例えても宜しいかと思います。

例文
「新しい木材は燃えない」
のタイ発音、カタカナ表記は
「マーイ・マイ・マイ・マイ」

声調及び順序(文法)は
「マーイ(四声調)木材
 マイ(ニ声調)新しい
 マイ(三声調)否定(ない)
 マイ(三声調)燃える」

これに質問系
「〜ですか?」を付け加えると
最後に「マーイ?(五声調)」となります。
(しかし、実際の会話ではこの質問系のマーイ?は
四声調で発音されています。)
などは既に学習済みで、比較的理解しやすいと思います。

次回は子音についてです。
相手に通じ難い子音があります。


その2.子音

タイ子音の数は44、
その内、2子音は現在常用されておらず42、、、だったかな?
常用されていない2子音を除いて44だったかな?

日本語の子音は20にも満たず、
数だけ比べるとかなりややこしい発音だろうかと思われるものの、
実際は、字は違っても同じ発音が多数あるので発音の数的にはそれほど多くありません。
ただし
日本語の「か行」、「た行」、「ぱ行」、これら3子音がややこしい。
ローマ字で表記すると
「か行=K&Kh」、「た行=T&Th」、「ぱ行=P&Ph」
それぞれ、「h」の有無で2発音あるのです。どう違うのでしょうか

例えば
「卵=カイ」、「鶏=カイ」
これをローマジ表記すると「卵=Khai」、「鶏=Kai」となり
タイランドのタイは「Thai」、わざわざ「T」の次に「h」が入っています。
「Kh」、「Th」、「Ph」は発音時、息を出します。
普通に「か行」「た行」「ぱ行」を発音すればこれら「h」付の発音になります。
やっかいなのは「K」、「T」、「P」で「h」無し、
つまり息の出ない「か行」「た行」「ぱ行」で一般の日本人には馴染みのない発音です。

手のひらを口の前に構え、息が当たるかどうか確認しながら発音して下さい。
息が当たれば「Kh」、「Th」、「Ph」です。
声を鼻にかけると(鼻声?)息の出ない「K」、「T」、「P」の発音ができます。

一方、タイ人側にも日本語で難しい発音があります。
「ザ行」がないため「スズキ」は「ススキ」です。
「シ=Shi」がないため「写真」は「チャチン」です。
「キャ」「キュ」「キョ」に至ると、すこぶる不機嫌になります。

次回は母音についてです。
最大の壁がここにあります。

「新しく始まったタイ語学習アドバイス、と〜っても参考になります!」
と言うメールや掲示板投稿は一通も届いていませんが、くじけず続けます。

その3.母音

母音は33個あります。
と言っても、同じ「ア」でも短あり、長あり、
「アイ」だとか「イア」だとか「ウア」だとかの重母音も沢山あります。
この重母音は15種ぐらいあるのですが、所詮は母音の組み合わせ、
ここでは無視。と言うか、忘れてしまいました。

ヤングライコーターム=とにかく、ず〜と絞っていくと9種になります。
9種の中にはもちろん「アイウエオ」の五音が含まれ、
残り4音が日本語にはなく、カタカナ表記もできず、タイ語学習の壁となります。

母音の壁・その1
「ア」のように大きく口を開け「エ」と発音する。
英語「JAPAN」の「PA」の発音記号で「a」と「e」がくっついてるのがありますね。
あの発音と同じ、、、に僕は聞こえます。
決して「ア」でもなく「エ」でもなく、その中間。
単語例は
・「だけど〜=テーワー」の「テー」
・動詞の過去形を表す「レーオ」の「レ」
・数字「8=ペーッ(ド)」の「ペー」
などがあります。

母音の壁・その2
「ア」のように大きく口を開け「オ」と発音する。
英語の「DOG」の「DO」の発音記号で「C」が反対向いてるのがありますね。
あの発音と同じ、、、に僕は聞こえます。
決して「ア」でもなく「オ」でもなく、その中間。
単語例は
・「6=ホッ(ク)」の「ホッ」
・「言う=ボッ(ク)」の「ボッ」
・「〜下さい=コー」の「コ」 
この、下さいの「コー」は日本人の苦手な5声調でもあり、なかなか相手に通じません。
目的語が物品の場合は「アオ=欲しい」の方が通じやすいです。

母音の壁・3と4は
更にややこしいのと、読者の反響もなくだんだん飽きてきましたので一旦、サジ投げます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<数日後>

この広い世界の中で
少なくとも一人の方が当稿を参考にしていただいている事がわかり
励まされ、投げたサジをまた拾いました。続けます。

母音の壁・その3
「イ」のように口を横に広げ、「ウ」と発音する。
これは英語の発音記号にもありません。
万国共通?の難易発音母音です。
単語例は
「友達=プアン」の「プ」
「1=ヌン」の「ヌ」
「クルァン=機械」の「ク」

母音の壁・その4
「ウ」と「オ」の間のような口形で「ウ」とも「オ」とも
とれるようなとれないような、僕も発音お手上げの母音です。
英語の「GIRL」の「GI」発音記号で「e」が反対向いてるのがありますね。
あれに近いのではないかと勝手に解釈しています。
まあ、使用度が少ないのがせめてもの救いです。
単語例は
「通り過ぎる=パイルーイ」の「ル」
「行きましょうよ=パイ・ト」の「ト」
「あんた(貴方の口語系)=トー」の「ト」

母音の壁・その他
前述に
>同じ「ア」でも短あり、長あり
と書いていますように基本9母音すべて、短母音と長母音があります。
つまり、「ア」にも「ア」より短く「アッ」より長い中間の長さと
「ア」より長く「アー」より短い中間の長さの2種類あります。
例えば「TOYOTA」をタイ人が発音すると
「トッヨッタッ」、または「トーヨーター」になるわけです。
日本ブランドの名称が、やたらと間延びするのはこの関係です。

次は日本人には大の苦手、末子音です。

その4.末子音

日本語の末子音といえば「ン」だけではないでしょうか。
ところがこの「ン」、日本人は知らないうちに「N」とも「M」とも、はたまた「NG」とも発音し、
日本語を学ぶ外国人を混乱させています。この件については後で。

子音にはピタッと止まる「T、D」「P、B」「K、G」
と鼻にかかって止まる「N」「M」「NG」「L」があります(そうですよね?)。
英語の場合は、息と共にかすかに音も出ますので
「T」と「D」、「P」と「B」及び「K」と「G」はそれぞれ異なりますが、
タイ語の場合は音は出さず唇や舌の位置できまります。
「T」と「D」は舌が上歯の裏に付く、同じ舌の形、
「P」と「B」は上下の唇がくっつく、同じ唇の形、
「K」と「G」は舌も唇も付かなず、空いた同じ形、
それぞれ、音は出さないのでタイ語の末子音は
「T=D」は同じで舌を上歯の裏に付け、止める。
「P=B」は同じで上下の唇をくっつけ、止める。
「K=G」は同じで舌も唇も付かない空いた形で止める。
となります。
例えば、ありがとうございます(男性)の
「コープクンクラップ」は「コー(プ)クンクラッ(プ)」となりますが
実際、聞こえるのは「コークンクラー」です。
但し、()内の「プ」は声は出さずとも、唇をきっちり締め、「プ」と言ったつもりで単語全体を発音します。
英語の場合でも「今何時ですか?」「ワット タイム イズ イット ナウ?」より
「堀った芋いじるな〜」の方が通じやすいのも同じことです。

同じく
「N」は舌を上顎に付けて、息を鼻に通す。
「M」は上下の唇をくっつけ、息を鼻に通す。
「NG」は舌も唇も付かない空いた形で息を鼻に通す。
「L」は「N」になります。
有名ホテル「オリエンタル」は「オリエンテン」です。

さて、前述の日本語の「ン」を我々日本人は
知らず知らずのうちに「N」や「M」や「NG」と発音している事について。
まず、
1.「三人/サンニン」
2.「餡パン/アンパン」
と発音して見てください。それぞれ二つずつ「ン」が付いています。
1、「三人/サンニン」の最初の「ン」は、
続く子音が「ナ行」のため舌が上についた「N」になっています。
他に「タ行」「ダ行」「ラ行」が続いたときもそうなります。
最後の「N」は舌も唇も付かない「NG」になっています。
最後に付く「N」は全て「NG」になります。
2.「餡パン/アンパン」の最初の「ン」は
続く子音が「パ行」のため上下の唇がくっついた「M」になっています。
他に「マ行」「バ行」が続いたときもそうなります。
よって外人さんに
1.「三人/サンニン」の発音をローマ字で教える場合は「SAN・NING」
2.「餡パン/アンパン」の場合は「AM・PANG」と書いた方が
日本人の発音に近くなります。

次回は最終回、文法をほんの少し、よく間違える修飾語の配置についてです。

その5.修飾語

基本の構文は
殆どの場合、主語→述語→目的語で英語と同じですが、
ややこしいのが修飾語が混じった場合です。
ここでちょっと、おさらい
名詞を修飾するのが形容詞、
動詞を修飾するのが副詞でしたね。

形容詞、副詞とも配置が日本語の反対になり
英語とは形容詞が反対、副詞が同じになります。
と言うことは日本語と英語は形容詞が同じ、副詞が反対になるのですね。
やはり、ややこしくなってきました。

例文
■形容詞の場合
日本語:綺麗(形容詞)な花(名詞)
英語 :ビューティフル(形容詞)フラワー(名詞)
タイ語 :ドックマイ(名詞)スワイ(形容詞)
■副詞の場合
日本語:早く(副詞)走る(動詞)
英語 :ラン(動詞)ファスト(副詞)
タイ語:ウィン(動詞)レオ(副詞)

05年7月

闘魚「カーウ・テーウ」繁殖記

7月15日

通称「ベタ」
またの名を闘魚、ファイティングフィッシュ、ランブルフィッシュとも呼ばれている。
一般的な種は、原種に近い闘争用の「ベタ(タイ名:プラーガット/噛付き魚)」、
鑑賞用に品種改良された「ショーベタ(タイ名:プラーノーラー/舞踏魚)」の
2種が日本でも知られており、ネットでも公開されている。
ので、ここでは画像をアップしない。

4〜5年前から大きなヒレに深い切れ目の入った新種「カーウ・テーウ」が
市場に出回り始めた。名前の由来は熱帯魚屋さんのおいちゃんも知らない。
よって、カタカナ表記は「カーウ・テーウ」と命名する。
たぶん、本邦初公開であろうと思われ、命名は早い者勝ちである。
右はオス。華麗でしょう。オスにも拘らず見とれてしまう。関係ないか。

既存種が一匹10バーツであったにも拘らず、100バーツの高値がついていたが
最近では一匹30バーツまで値下がりしている。
それを危惧してか、メスが市場から姿を消して久しい。流通制限?

月に2〜3度、タイ北部へ二泊三日で買出しに行く熱帯魚屋さんの
おいちゃんに発注していたメス2匹が13日の夜に手に入った。
右がメス。ブスである。画像がボケていても気にならない。
もともと鑑賞向きではなく繁殖用、
注目いただきたいのは喉のすぐ下あたり、プックリ膨らんでいる。
卵を抱えているのである。すでに用意万端。
早速、ベッドインと行かせたいところだが、初顔合わせではすさまじい
闘争が始まる。通常、オスは強姦そのものにメスを追いかけまわす。
メスはまだ気を許していないオスに、そう簡単に犯されてたまるかと逃げ回る。
やがてオスは欲求不満の頂点に達し、噛み付きメスを死に至らしめる。
のが普通。
ところが、たまには気丈のメスの反撃を受け、刹那的願望の達成を
得られないまま返討にあうオスもいる。男もつらい。

昨夕14日、お見合い開始。
水瓶にオスを放ち、メスは小ビンに入れて配置し、ガラス張りの別居生活を
強いる。オスはビンの周りをくるくる廻り、ヒレを広げてメスを誘惑?する。
メスは「あっち行って!」とばかり、オスに対峙する。
実際、鑑賞していて、これはオスの求愛なのか、
闘争をけしかけているのかサッパリ解らない。
ベタ繁殖エキスパートの長男にお見合い期間を尋ねたところ約一週間との事。
せっかちな僕、「お父さんは一週間も待てない!」
すると長男は、「じゃ、2〜3日にしたら。好きなように。」
とあっけないアドバイスであった。

ベッドインの前にオスは子育て用の水面に浮かんだ泡巣を作らねばならない。
そうです。ベタはオスが子育てします。
今夕、帰宅し、オスが泡巣を作っていたら、ベッドインは明日、または明後日。
仲人兼後見人である私は”愛のリピドー”を絶えず注がなければならず、
夜な夜なフラフラしていてはならない。
さらば細道。

繁殖記つづく。

7月16日

昨夕はまだだったが
今朝、期待をかけて水瓶を覗き込むと、オスは既に育児用・泡巣を作っていた。
ビンの上に見えるのがそれである。直径は2〜3センチほど。
これで、ベッドイン準備万端である。

メスの腹から産み落とされた卵は一旦底に沈む。
それをオスは拾い集め口に含み、この泡巣の中に収める。
さて、本日の午後はメスをビンの中からから開放し、完全同居を始める訳だが
最初は、すさまじいオスの追跡&メスの逃避が繰り返される事になる。
果たして、死闘となるか成婚となるか。
観察者には威嚇か求婚かの判断がつかない。
いずれにしろ、運よくナニが進み、産卵後はすかさず
メスを引き離さなければならず、目を離せない午後になりそう。

この産卵&受精がこれまたドラマチックなのであります。

翌週、月曜18日に結果を報告します。

7月18日

待ちくたびれました。
同居から数時間で勝負(死闘もしくは産卵)が終わると早合点していました。
20数年、まだ日本とプーケットを行ったり来たりしていたころ、プーケットのベタを日本に持ち込み(一悶着あり)、
受精、産卵、孵化までは成功したことがあります。今までの内容はそのときの記憶をもとにしています。
特に、受精、産卵は前述のようにドラマティックな展開を見せるため、新鮮な情報をと、今回の実況?報告に
挑んだ訳でありますが...。

一昨日の土曜午後、
15時30分に同居開始。予想通り、逃げるメス、追いかけるオス。危惧した噛付き合い、死闘の様子は見えない。
暫らくすると、逆転し逃げるオス、追いかけるメス。これが延々と続く。いちゃついとるのです。
僕の足元にはタバコの吸殻とビアシンの空き缶が増え続ける。
ただの鑑賞ではなく、デジカメを構えての緊張を含めた観察、しかも水瓶を上から覗き込む、首を垂れた不自然な姿勢。
18時30分、日も暮れ始め、意識も朦朧とし始めた頃、酔いも手伝い、不機嫌度は高まり、
なんでこんなことのために週末の細道を犠牲にしなければならないのか不条理であると、凡子豹変、
細道に足が向かう。観察断念。

昨日の日曜日
午前中はスマックダウン/プロセスTV観戦の合間に水瓶を覗き込むも、相変わらずのいちゃつき。
13時30分、互いに接近した2匹が、やや絡み合う様子を見せた。これはドラマの始まりかと、
小走りに近所の雑貨屋へビアシン補給、椅子を運び込み、デジカメをひざに乗せ第二次観察開始。
昨日と同じ、いちゃつき合いの繰り返し、こちらも昨日と同じ、徐々に意識朦朧。
育児部屋となる泡巣も殆ど消え失せている。
メスの腹はパンパンに膨らみ、その気充分に見えるのだが、オスが経験不足なのか、最後の一押しが足りない様子。
ベタ繁殖エキスパートの長男にオスの交換につき意見を求めたところ
「仲が良いのに越したことはない。このまま一緒にさせてあげたら。」
どちらが親かわからない。
17時30分までが観察の限度でした。

今朝もいちゃつきのまま、産卵無し。しかし、新たな泡巣が浮かんでいた。
夕刻、また観察します。首が痛いです。

7月20日

待ちに待ったご報告です。
18日の夕刻も延々といちゃつきあい。
ただ、以前よりも新しい大きな泡巣が出来上がっていました。
19日の朝、泡巣は更に大きく長さ7〜8センチ、幅4〜5センチ、中央の厚みは5ミリ前後のりっぱな巣が出来ていました。
さては、今日当たり、、との予感はあっても期待はせず、同日夕刻、帰宅一番に水瓶を除くと、
メスは端にひっそり、オスは泡巣の下、、と言ってもサイズが極端に縮小し、浮き草の下に隠れしまっています。
その浮き草の下で何やら巣の補修に忙しそうです。
そこへ、長男が「卵産んだよ。浮き草をめくってごらん。」
とは言っても浮き草をめくったら、また巣は壊れ、卵は沈み、まして、オスが機嫌をそこね育児拒否でも起こしたら
困るではないかと、あえて確認はしませんでした。(本当は、めくって見たのですが、よく見えなかったのです。)
半信半疑のまま、メスを別のビンに移し変えました。そのまま放置するとメスは卵を食べてしまうのです。

とりあえずは、同居四日目にして受精・産卵成功。
成功と言っても結局、ほったらかしで勝手に生んだようなものです。愛のリピドーも無用。
肝心のドラマチックな展開を見損ね、画像も撮らずじまいです。

それでは20数年前の記憶を頼りに、その展開をご報告。(数字は曖昧です)

追跡、逃避を繰り返した後、双方は絡み合うそぶりを見せ始めます。
転瞬、オスは身を「くの字」に折って下からメスの腹を身体全体で包みます。
それは、あたかもメスの腹を圧迫し、卵を押し出しているかのようであり、あるいは受精の体位なのかも知れませんが、
これはまだ未確認。どなたかこの行為につき、ご存知の方がいらっしゃいましたらご教授願います。

数秒間の静止状態のまま、
メスの尻からポツリ、ポツリと直径1ミリ程度の白い卵が10粒前後こぼれ落ち水底に沈んでいきます。
オスはあわててメスを離し、沈下中及び水底の卵を口に数粒づつ口に含み、せっせと水面の泡巣に運びます。
この間、メスは水面に横たわったまま、放心状態。
「う〜ん、ベタのオスはナニが達者だな〜」なんて、下品な感心はしません。
やがて、メスが意識を取り戻し?再び泳ぎ始めると、
泡巣からオスがサッと出てきて、これら、くの字抱擁、産卵、運搬を10回くらい繰り返します。

この後、オスは泡巣の補修に余念がありません。
やがて卵は2〜3日後に孵化します。
明日、又は明後日の報告をお楽しみに。

7月22日
帰宅後の夕刻
やはり、泡巣は浮き草の下に隠れ見えません。
そこへ、長男「孵化したよ。浮き草めくってごらん。」
そぉ〜と浮き草をめくると
長男「ほら、ここに、一杯」
.........。
しかし、見えないのです。私の視力では。

再び、20数年前の記憶
産卵後、2〜3日で孵化した稚魚は、体調1ミリにも満たない超小粒。
泳ぐことも動くこともできず、泡巣に口をつけてぶら下がっています。
水面が揺れると、泡巣から外れ、成す術もなく沈んでいきます。そのままでは窒息死です。
それをオスがせっせと拾い集め、また水面の泡巣に運びます。オスにとって一番忙しい時期です。
この後、2〜3日後で、稚魚は同じく超小粒ながらも、ぶら下がり状態から水平状態へ体制を整えていきます。

PS、購入したメスは2匹。
昨日、14日から見合いを続けていた別カップルの同居を始めました。

7月23日
一昨日の21日から同居を始めた別カップル、オスはメスの返討ちにあい、昨夜昇天しました。
学習内容:見合い期間の長さは、あまり関係ないみたい。

7月26日
土曜日23日の午後、
泡巣は消えてなくなり、オスも子育ての様子が見えない。
目を凝らして水瓶を除くと、サッと一匹の稚魚が泳いだ。1ミリにも満たないような髪の毛サイズの稚魚でした。
初めて、稚魚を確認できました。既にぶら下がり状態ではなく、スイスイとは言えないまでも、サッ・サッ・サッと
瞬間移動のような泳ぎ方です。ここまでくるとオスの役目も終わり、このまま放置すると稚魚を食べてしまうので別居。
そっと両手で水を掬うようにし眺めると、手の平をバックに微少の稚魚が4〜5匹見える。
全体で何匹かはまだ確認できない。早速、餌(乾燥ミジンコの粉末)を与える。
もちろん、期待するようなパクパク採餌の様子は見えない。
自然界での稚魚は藻を餌とするらしいです。水瓶には程よく藻も生えているので今後の成長が楽しみ。

一方、別カップル用の水瓶に新夫を放流。
既に初組の産卵が成功しているので、愛情も適当になり、面倒な見合い無しのぶっつけ本番。
3日間に及ぶ、闘争(このカップルは、いちゃつきなどと言う、生易しいものではなかった)の後、
今朝、オスは尻ビレがボロボロになりながらもりっぱな泡巣を作っていた。
このカップルのメスはかなり気丈のようです。

7月27日
26日夕刻、稚魚は、そのサイズに殆ど変化はありませんが、
目視に捕らえやすくなってきました。少しは大きくなっているのでしょう。
ゆで卵の黄身を水中で練りつぶして(水に溶かす)与えました。

一方、別カップルでは産卵を終えていました。早速、メスを別居させました。
今回は前回の失敗を踏まえ、大きな葉を持つ浮き草を
取り除いていたので水草の隙間から泡巣が覗けます。
16日に撮影の産卵前の泡巣と見比べますと、泡巣は半透明、
産卵後は白濁し、その違いがはっきり見て取れます。
残念ながら画像では違いがわかりませんが...。

さて、孵化は明日、又は明後日
果たして、上からの目視で確認できるでしょうか。

7月29日
28日夕刻、稚魚の形は上半身?(頭と腹部)がプックリ膨らんでい、おたまじゃくしを少し細身にした感じです。
孵化後一週間にして、発育にはかなりの差が見られ、未だ、全長1ミリ程度の貧弱型から、
上部が直径1ミリで尻尾を合わせると3ミリ弱の丈夫型まで見られます。

一方、新カップルの産卵後ですが
28日の朝、水瓶を覗き込むと、決して脅かすつもりはなかったのですが、泡巣の周辺で何やら”ホコリ”みたいな
小さいものがサッと広がり、その後沈んだのか、オスが泡巣から飛び出し底をなにやらあさり、せっせと泡巣に運んでいました。
はい。孵化していたのです。相変わらず目視では確認できませんが、オスの行動を見てそう判断しました。
本日今朝、泡巣が崩れていました。オスも少し離れたところで手持ちぶたさに、じぃ〜っとしていました。
稚魚は既に泡巣ぶらさがり状態を終了し、巣離れを始めたと推測できます。
今夕はオスを別居させねばなりません。それにしても孵化も巣離れも予想日より一日早いみたい。

8月29日
久々の更新です。
更新の遅れは、それなりの理由もございまして...。
引っ込みが付かなくなり、いっそのことこの項目を削除してしまおうかとも思いつめた次第です。

「カタカナ表記は「カーウ・テーウ」と命名する。
 たぶん、本邦初公開であろうと思われ、命名は早い者勝ちである。」
などとエヘン!気味にスタートした訳ですが、
当初「ベタ 繁殖」をキーワードに検索したところ、ヒットしたのが個人のHPで繁殖主体、
そこには、トラベショナルベタやショーベタではハーフムーンしか紹介されていませんでした。
この尾ひれの切れ込んだベタは見当たらなかったのです。
そこで、これは本邦初公開と意気込んでしまった訳です。
その後、単純に「ベタ」だけで検索をしたところ、熱帯魚さんのHPがヒットし、
この尾ひれが切れ込んだベタが紹介されていました。
名前は「クラウン・テール/王冠尾」でした。
なるほど、これでしたら由来のわかる名前です。
本邦初公開...赤面の至りです。
しかも、画像紹介されているクラウンテールがどれもとても美しい。現地より美しい。
値段は2000円から4000円と、こちら90円の相場とはえらい開きがあるのですが
つまり、高値の付く良種は日本に流れ、こちらの市場に出回るのは残り種なのでは...と興ざめです。

名前につき、タイ発音は「L」や「R」が省略され「クラウン」が「カーウ」に変るのは普通です。
そこで、このサイトではこのまま「カーウ・テーウ」で通そうと思い、再度お店の看板(手書きの魚名)を見ると、
これが「カーウ・テーウ」ではなく「カーウ・テーン」でした。赤面の至りです。
黙って、書き直そうかとも考えましたが、バレそうだし、引っ込みが付かなくなりました。
近いうちに、タイトルをこっそり「カーウ・テーン繁殖記」に変更するかも知れません。

現在、4ミリから1センチぐらいに成長しました。総数20匹前後。
1センチもの同士は時に睨み合いをするようになりました。
まだ、バトルにまでは至っていません。
新カップルの稚魚は、数日後にきれいさっぱり姿を消していました。
水に溶けたのか知らん。

05年6月

その名は「カメ」


先週の土曜日の午後
週末の日課となったウイークエンドマーケットへ熱帯魚屋さん巡り。
「先週に売っていた、10バーツのスッポンは?」
 「売り切れました。」
「......。」
気を引かれたその時に買っておけば良かったのに。いつも後悔。

自宅の水槽には水中で、たえずハラハラ泳ぐ「すっぽんもどき」と
これもたえず流木の上で甲羅干しの「ミドリガメ」。
2匹の交流がまったく無く、遊泳と甲羅干しの両方を好むスッポンを
交流仲介役に選んだのであったが残念、売り切れ。
仕方無しに、一匹5バーツのグッピー7匹と、一株10バーツの水草を二株購入、帰路につく。

途中、セントラルの南方にできた、新しいウイークエンドにも熱帯魚屋があるのを思いつき
ダメモトで寄ってみた。
底に水を張った小さな水槽に2センチ足らずのスッポンが二匹、ラッキー!
と思いつつも、そのサイズ(あまりに小さい)に若干の不安を感じた。
(この不安は数時間後に的中した。)
その若干の躊躇、隙をついて、店のオバチャンが摘み上げたのは
まったく気が付かなかった、ごく当たり前風の小亀、体調約4センチほど。
「これどう?」と薦めるオバチャン。
よく見ると、背が高く、背筋にもゴツゴツ隆起があり、ハコガメ、またはその他の陸ガメ風。
日頃から、ワシントン条約で保護されているホシガメがあればと目を光らせている熱帯魚屋さんめぐり。
(残念ながら、プーケットではお目にかかった事がありません。)
「これ、陸ガメ?」
 「いいえ、水中ガメです」
ここで、興味半減。が、とりあえず質問、
「何てカメ?」
 「カメです。」
「だから〜、何て種類のカメ?」
 「カメです。」
「...(そっちの水槽の魚は「サカナ」かっ!)
(おばはんのIDカードの名前は「おばはん」かっ!)...」
突っ込みたくなる気を抑え、オバチャンの目を覗き込む。
素朴そのものの目で怪訝に、しかし真っ直ぐ見返してくる。
決して、私をおちょくっている訳ではなさそうだと気を取り直した。
「で、いくらなの?」
 「150バーツ」
その値段からして舶来ものに違いないと確信する。
(参考:スッポン10バーツ、ミドリガメ60バーツ)
「で、どこから来たの?」
 「タイです。」
それ以上の質問はあきらめた。
「スッポン、一匹頂戴。はいこれ10バーツ。」

オバチャンは素直にその「カメ」を水槽に戻し、店の奥へ(ビニール袋を取りに)向かった。
その時であった。
それまで、甲羅にすっこめていた首をニョキっと出したその姿は
背中モッコリの”頭でっかち”であった。
転瞬、自分の容姿が脳裏を掠め、ひょうきんな姿に親しみを感じてしまった。
たったの一匹、ここでまた買い損ねると後で後悔するかも知れない。
「このカメも頂戴。はいこれ、あと150バーツ。」
オバチャンもご機嫌上々。

元の水槽にはたった一匹の小さなスッポンが残された。
それまでのやりとりを後方で見ていた細道風のお姉ちゃん二人組が
「一匹だけ残って可愛そうじゃない。」
暗に、私に対し追加購入を催促している。
一理あると思い、笑顔で応えようと、鼻の下を伸ばして振り返って見た彼女たちは
ブスだったので意見を無視した。
しばらくの沈黙があり、店奥からオヤジの声がした。
「オマケにしてやれ。」
これだから、タイが好きなのです。

満足感に満たされ、いそいそ帰宅。
さっそく水槽に放ち、ビアシン片手に小一時間の観察。
4種、五匹のカメ。癒しのひと時を与えてくれた。
その後、しばらく水槽を離れ、再び戻った放流2時間後。
スッポン二匹の姿が見えない。
底石や流木を捲っても姿が見えない。

4月末の購入当時は10センチ弱であったのが
その大食いで早くも20センチ以上に成長したレッドテールキャット(ネコなまず)の
腹が異様に膨らんでいた。

確かにゼラチン肉は美味いだろうと理解もし、
先を越された悔しさが残った。


05年5月

「プーケットロブスター」


マラッカ海峡からマレー半島西岸を小さく旋回しつつ北上する暖潮流
及び、雨季・乾季の劇的な気候変化に順応したアンダマン海沿岸に生息する
ゴーホック海洋虫を主食として育ち、蛋白質から分解した旨味成分である
アミノ酸の含有量が他区域に育ったエビよりはるかに多い「プーケットロブスター」。
...なんて話があればプーケットロブスターの(命名)由来も理解できるのですが
何で、わざわざプーケットなんでしょう。(パタヤでは「パタヤロブスター」なんだろうか?)
ただの大味のロブスターです。
日本の伊勢海老の方がず〜っと甘味があって美味しいです。
と言いたいのですが伊勢海老の味を忘れてしまった現在は比較の仕様がありません。
値段が観光客にとっては安いので、そのボリュームを楽しめる程度でしょう。
生きているものと、成仏ものとの値段の差が少ないので
活きロブスターであればそれなりの価値もあり、サシミも可能です。
よく、現地の観光ツアーで「サンセット・プーケットロブスターディナー」なるものがありますが
あれは、売れ残りでこれ以上持たない(鮮度落ち)ものを出される事が多いです。
店側としてはセット料理として料金をたたかれまくっていますので
売れ筋(鮮度良)を原価割りのツアー客用セット料理に廻すわけにはまいりません。ごもっともです。
生簀から生きたロブスターを自分で選びましょう。
1キロ(40センチ弱)2000バーツ前後で
調理代(バーベキュー、スティーム、サシミなど)込みです。
サシミにはキッコーマンとワサビも付いてきます。
頭部やひげなど、残った部分はスープや炒め物に調理してもらいましょう。

それにしても
何で、わざわざプーケットなんでしょう。
一般の島民には無縁の食物であり、代名詞のように使われるのは心外です。
試しに、地元民にプーケットお勧め料理を尋ねてみて下さい。
「プーケットロブスター」と答える人は観光業バリバリのお方で
きっと自ら案内もかってくれることでしょう。
では一般の人は
もちろん好みは人それぞれ千差万別
では私の場合は
比較的、他人様に紹介し好評なのは
「カオマンガイ=鳥飯」
少々の塩と薬味を入れて蒸しただけの鶏
その肉片を、その蒸した汁で炊き上げたご飯に乗せ、モロミのソースをかけていただきます。
チキンスープ付で30バーツ前後
ホテルや観光レストランでは注文不可、地元レストランや屋台のみです。
目印は店頭、ショーケースの中の首吊り裸(蒸し上げ)鶏です。

とりあえず、代表ヅラした「プーケットロブスター」にケチを付けたかったのが本旨で
紹介は鶏飯一品ですが、次の食品もお勧めです。

カオカームー=豚足飯
ソムタム=劇辛パパイヤサラダ3種
カノムチン=カレーそうめん
ゲーンソム=タイ南部劇辛酸味カレー
福建麺=太麺(ヤキソバ用の麺?)
プーニム=ぶよぶよ蟹
オースワン=牡蠣入りもんじゃ焼きもどき
ホイトード=ムール貝入りお好み焼きもどき
などなど。

言い訳:
インフォメーションの「プーケットの料理」コーナーでは
自ら「まずは何と言っても、プーケットロブスター」と紹介しておりますが
これは、営業上の客寄せ情報みたいなもので(HP開設当時は営業熱心だった...。)
ここ、独り言コーナーが本音情報です。

05年4月

密偵・色即是濁・第六話

「から揚げバッタ」編


プ助
「お久しぶりでございます。ちょいとお伺いしたい事がございまして。
いえ、くだらないことではあるのですが...。
先日、永らく見かけませんでした「から揚げバッタ」の辻売りに出会いまして、
懐かしさのあまり、つまみ食いをしましたところ、これがまたやけに塩っぱくて。
私の味覚が変わってしまったのかと気になる次第です。

密偵
「さもあらん。」

プ助
「と、言いますと?」

密偵
「臭味隠しじゃろう。」

プ助
「では、バッタも屁をこくのでしょうか?」

密偵
「ゲップは聞かんのう。」

プ助
「しゃっくりも聞きません。」

密偵
「びんぼーゆすりはやるらしい。」

プ助
「そう言えば、ハタハタバッタの中にはカッケもいるそうで
ぜんぜん、ハタハタしないのがいるそうです。」

密偵
「いつまで続けるつもりじゃ」

プ助
「申し訳もございません。で、臭味隠しとは?」

密偵
「もともと、から揚げバッタが市場に出回るのは
季節の移りめや異常気象による集団発生の後じゃった。
その時は網の一振りで一網打尽。
ところが、昨今は開発で原っぱが減り、集団発生も久しく起こらぬ。
一匹一匹を網で捕るか?商売ベースには乗らんのう。
そこで、新たな近代的捕獲法が現れた。
シュッ、シュ〜の殺虫剤一振りでバタバタ捕れる。効率が良い。
これも航空機ではないが、利便性、効率性を重視するが上で、
安全性がないがしろにされた例じゃ。」

プ助
「殺虫剤漬けバッタですか。恐ろしくてこれからは食べられませんね。」

密偵
「最初の一匹が塩っぱければ、後は食わぬほうが良いかも知れん。
しかし、ワシは食うぞ。好きだでな。
腹ん中の寄生虫も駆除されようぞい。」

05年3月

「玉子料理コーナーの情景」


格安パッケージツアーに参加、ホテルは三★クラスのスタンダード。
朝食は無料とのことで、それほど期待はしていなかった。
ところがレストラン中央、U字型に並べられたブッフェテーブルには
てんこ盛りのタイ・洋・中華、味噌汁まで用意してあり、なかなかの品揃えである。
早朝ツアー集合時間まで、あと30分しかない。明日からはもっとゆっくりした朝食時間をとろう。
遅めに食べれば、ランチまでカバーできそうだ。

調理人がその場で客の好みに応じて調理する玉子料理コーナーまである。
数人のヨーロッパ人が並んでいる。

ものは試しだ。自分も並ぶ。
何を注文しようか、かなり緊張する。
僕は大鵬、巨人、玉子焼き世代。
玉子焼きが食べたい。
焼き飯がフライドライスだから玉子焼きは..え〜っと
「フライドエッグ、プリーズ」
調理人が微笑を浮かべて聞き返す
 「ソフト オアー ハード?」
...な、何のこっちゃ?...すかさず「ミディアム」と応える。
解らないときはミディアムが無難であることをわきまえている。

出来てきたのは目玉焼き。

失望を顔には表さず、ニッコリ「サンキュー」と受け取る。
席に戻り
いまいましくも、相棒のしったか君に尋ねる
「玉子焼きは英語で何て言うの?」
相棒曰く
 「玉子焼きはオムレツに属する。
 小皿には、小さく刻んだタマネギ、トマト、ハム、チーズなどが用意されており好みの具を指定できる。
 もちろんミックスも可能。そこで、何も入れない玉子焼き風の場合は『プレーン・オムレッツ』と注文。
 ただし、油が多めなので、ビチャビチャ柔らかい玉子焼きになってしまうがね。」

「ふ〜ん」...ウダウダ説明はいらんねん。プレーンオムレツの一言でええねん。
しかし、オムレツはまったく別の料理と認識し、玉子焼きとは結びつかなかった。

翌朝
再び玉子料理コーナーに並ぶ。
順番を待つ間、「プレーンオムレッツ」声に出さぬよう、口の中で練習する。
ふと思い出した、しったか君の余計なアドバイス『ビチャビチャ柔らかい玉子焼き』
...ビチャビチャ...。
急遽、気が変った。
昨日の肉厚の目玉焼きが大変美味かった。
今朝もそれでいこう。

焼きソバがフライドヌードルだから、目玉焼きは..え〜っと
「フライドアイ ミディアム プリーズ」

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05年2月

「エビ釣り」


昨夜、噂のエビ釣りに行ってきました。
チャーターツアーの一環としてお客様に紹介していたものの自分では行ったことが無かったのです。
時々、掲示板でも話題にあがり、体験しなくてはと思いつつも釣りは”ヘラに始まり、ヘラに終わる”
を幼少の頃に極めた僕は”エビ釣りなんて、フン!”と言う気持ちがあったのも事実です。

息子二人を連れて、三人でトライしました。
感想。面白くもなんともない。三人、一時間で0匹。

憮然と「チェックビン!勘定してちょうだい!」
勘定書きは”200バーツ”
 通常、一人一時間で100バーツ
 我々は三人+ビアシン、コーラ、スプライト。
確かに、機嫌は悪く、形相は険しかったかもしれないが
割引を強いるつもりはない。復興プロモーション価格を強いるつもりなない。
「勘定、間違ってんじゃないの」
 「今夜は放流が少ないので特別割引、一人一時間50バーツです。」
「あっ、そう。」
日本人脳は咄嗟に暗算する。
50バーツX三人+ビアシン、コーラ、スプライト=200バーツ、それでも間違ってる。
気が変り、「勘定取り止め。あと一時間延長します。」
 「これから放流するので、延長は通常の一時間100バーツになります。」
...帰りたくなったけど、引っ込みつかん...。
再び憮然と「マイペンライ、延長、延長!」

浮きがゆっくりと沈み、アタリは度々きます。
ところが、合わせのタイミング、シャクリの強弱がわからない。
ゆっくり上げれば、途中でバラしてしまい、シャクレば針が宙を舞う。
”エサの先端に切れ込みを入れる。それが水中でヒラヒラ揺れ、エビを誘う”
が秘伝とのたまう御仁がいらっしゃいますが、まったくのデタラメだと確信しました。
誘わなくても、放流が始まれば食いついてきます。
しかし、それが本当に食いついているのか、ただ鋏んでいるだけなのか...
堀に飛び込もうかと思いました。

釣果、三人X2時間=一匹。
僕が釣りました。
どうだ、父を見直したか。左右の息子は...
すこぶる機嫌が悪そう。

再び「お勘定して頂戴」
640バーツなり。
日本人脳は咄嗟に暗算する。
(最初の200バーツ+追加100BX3人+追加のビアシン、コーラ、スプライト=640..?)
最初の200バーツが正しければ合計550バーツのはずである。
突っ込もうか。
いや、最初の200バーツが間違っていたんだ。
でも、一応突っ込もうか。
思案しつつウエイトレスを直視する。
それまでのエビ釣りへの執着心から開放され、無心、
曇りなき瞳に映った彼女は「な、なんとカワユイ!」
700バーツをトレイに乗せ「お釣りはいいよ」
それとは別に、赤札をそっと手渡そうかなと思ったところ
左右の息子どもがジ〜っと支払いを見つめている。
その目は「エビ釣りより、小遣い増やせ」と言っているのが僕にはよく解る。
物分りの良い父親ではある。下心チップを払い損ね、次回は一人で再挑戦を決意する。

余談
さて、釣った一匹をどうするか。
お持ち帰り?たったの一匹?
普通は堀に戻すでしょうね。
我ら三人は協議の末、持ち帰り水槽で飼育と決定。
水槽にはオルナティーとシクリッド、
凶暴2種、二匹左右に陣取り、いかなる新顔も10分以上の同居を許さない。
しかし、今回の新顔淡水手長エビは体調15センチ、手を合わせれば30センチ近く。
妥協を強いられる新顔につき、三匹正三角形の陣取り、睨みあいで同居も可能と考えての事である。
「持ち帰ります。水槽で飼うので、袋に水も入れといてね。」とお願いしたところ、
なんと3匹おまけで、計4匹もくれました。
今朝の水槽はエビが中央に四角形で陣取り睨みあい対峙、
先住凶暴2種は二匹そろって、隅で縮こまっていました。

一匹だけ残して、あとの三匹は今夜ボイルしよう。
04年11月

密偵・色即是濁・第五話

「タイ人は〜」編

プ助
「みっていさん... みっていさん...密偵さん。
ダメじゃないですか。こんな縁先で眠り込んで。夜露は身体に毒ですよ。」

密偵
「おっ、プ助か。丁度良かったわい...」

プ助
「なんだか、うなされていたご様子でしたが、悪い夢でもご覧になりましたか?
ほら、額に汗まで浮かせて...。あれ、ヨダレまで垂らしてる?」

密偵
「いやいや、なんの。して、今宵は何の用じゃ。」

ーーーーー以上、前号からの続きーーーー

プ助
長期滞在中のサトシさんとおっしゃる方が
どうしても密偵さんのお話をお伺いしたいと
ほら、そこへお見えになってございます。

密偵
じゃから、ワシに用があるときは
前日の17時までに事前予約を取よう申してあるじゃろう。
今、忙しいのじゃ。お引取り願え。

プ助
縁先でお休みのところを、しっかりとご覧になっておられますが。
それに、焼酎「風に吹かれて」をお抱えです。

密偵
客間へ、ご案内しろ。

プ助
どのあたりが客間ですか。

密偵
部屋の真ん中じゃ。

サトシ
こんばんは。
始めまして。サトシと申します。
お忙しいところ突然で申し訳ございません。

密偵
いえいえ、気兼ねなく、おくつろぎ下さい。

サトシ
いや〜結構なお住まいで。
調度品から何まで、質素と言いましょうか
シンプルライフの実践とでも言いましょうか
無駄を省く”達観”の賜物でございますね。

密偵
なんの。
いろいろ欲しいものがあるのじゃが、手が届かんだけの事じゃ。
全自動洗濯機があればよいとも思うとる。
全自動アイロンかけ機なんぞがあれば、さらに便利じゃのう。

プ助
そのうち私が、気働きの利く良いアヤさんを探してまいりましょう。
おっと、いけない。つまみを忘れてきました。
何か適当なものはありますか?

密偵
冷蔵庫にお好み焼き用の千切りキャベツが残っとる。

プ助
(千切りキャベツ...)
では、ひとっ走りで、何か買ってまいりましょう。

密偵
お〜それも良い。
ソイ(小路)の入り口で屋台親父がスルメを炙っておるはずじゃ。
スルメがよい。肉厚を選んでまいれ。
あの甘ったるいタレはかけんで良いぞ。
最初にそう注文しておいても、あの親父、最後にはかならずタレをかけよるでな、
目を離さず、見張っておるように。

プ助
承知いたしました。では、暫くお待ちを。

......

密偵
では、二人で先に始めましょうか。
ところで、御仁、長期滞在とな。

サトシ
はい。最初はパッケージツアーで5ッ星ホテル、
その後は個人手配ツアーでゲスハウなどを転々、
10数回来ておりますが
今回は、将来の事も含めまして長期の予定で既に2ヶ月半になります。

密偵
ならば、いろいろ事情も分かりサバイサバーイでござろう。

サトシ
そこなのですよ。
最初は観光客気分で、チヤホヤされ満足しておりましたが
訪タイの回を重ね、タイ語なども習い、すくなからず事情が分かるようになって
見えてき始めたんですな。
ったく、タイ人ってヤツは〜

密偵
フム...

サトシ
マナーを知らない。
バンコクのバス停留所のダンコ状態我先乗車はなんですか。

密偵
早よ乗らんことには、気の短い運ちゃんが
発車してしまいよるで。

サトシ
運転手は公務員でしょう。

密偵
民間委託が殆どでの。
民間にできることは民間に任す政策の
マイナス面が出た例じゃのう。

サトシ
時間にはルーズで。

密偵
時間に縛られておらんのじゃ。
羨ましいのう。

サトシ
金にしつこい。

密偵
ワシも欲しいわい。

サトシ
言い訳がましく、ああ言えばこう言う。

密偵
発想が豊かなんじゃ。

サトシ
決して、非を認めない。

密偵
前向きなんじゃな。

サトシ
(この人も、ああ言えばこう言う)
あの〜、ちょっとトイレをお借りしても良いですか。

密偵
どうぞ、どうぞ。
なんなら、後ろからそっと肩でも揉んで進ぜようか?

サトシ
け、結構です...。
(ほんとに日本人か?)

...

サトシ
失礼しました。
あれっ、その膝もとのフライパンはなんですか?

密偵
こうして、団扇がわりに扇ぐと
筋力トレーニングにもなって一石二鳥だでな。

プ助
お待たせしました。
スルメを調達してまいりました。
どうぞ。

密偵
どアホっ!!
なんで、ノシかけるんや。

プ助
や、やわらかく、密偵さんの歯にも
丁度良いかと思いまして。

密偵
こんな、ヘラヘラしたスルメが食えるか!
わざわざ肉厚を選んでまいれと言ったであろうが。
分厚いのを、ネチネチしがみ食うのが美味いのじゃ。
どアホめが!

プ助
やや、かなりご機嫌斜めで。
サトシさん、私の居ない間に何杯すすみました?

サトシ
私が見ていましたところ、まだ2杯、、、
やや、ボトルは半分以上減っている。
さては、先ほどトイレに入っていた間に
ガブ飲み?

プ助
あ、フライパンまで膝元に。
いったい、どんな会話をされました。

サトシ
実は「タイ人は〜」これこれ、しかじかだと。

プ助
な、なんと言う、恐ろしい会話を。

サトシ
ど、どうしましたプ助さん、膝が震えていますよ。

プ助
詳しいことは後で。
とにかく、即刻、この場を離れましょう。


あっ、しまった。サトシさん、今すぐ御暇しなければ
ほら、あの用事があったでしょう。
密偵さん、今夜はこれで失礼させていただきます。
ありがとうございました。

密偵
(ハマリよった。まだまだ甘い奴よ。)
スルメは置いていけ。

......

その国の事情、育った環境と言うものがあろうがえ。
アラ探しをしている限り、モノは見えんぞ。
そんな輩と酌み交わす酒はまずい。酒がもったいない。
フフフ、焼酎をこっちの空瓶に移し替えてやったわい。
ノシの利いた歯にやさしいスルメもたっぷり。
では、テレビを見ながらゆっくりと...。
あっ、NHK海外放送、ニューステンを見逃してしもたわい。

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
2004年11月

密偵・色即是濁

番外編「その日の密偵」


東風にかわり、季節は乾季に入ったにも拘らず
その日は朝からぐずついた空模様で、日が暮れてからも、それは変わらなかった。
飲み屋めぐりもホトホトに飽いたはずが...懲りたはずが...
縁先に腰掛け、グラスを二杯、三杯と傾けるうちに細道が恋しくなる。
何も、こんな空模様が怪しい日に出かけることはない、明日がある。
なんて事が考えられないせっかちな性分。
サイフの中身と座席下の雨合羽を確認し、外に出た。

行き付けの店は永らく改装中。
その間、近辺の飲み屋を巡りまわり、悪評を振り撒いてしまった。
”よし、今夜は遠出も厭わず、新店開拓に挑もう”
ソイ(小道)の口を右へ進めば峠越えのビーチ。左に進めばタウン。
峠越えは帰りが危険。無難なタウンへ進路を取る。

この先タウンまで、ところどころ気になる箇所がある。
帰りの検問。
飲酒で捕まれば、一晩のお泊りと罰金10,000バーツ。
更に、10日間の社会奉仕活動。
これはタイ人向けであり、外国人への罰則は未確認ゆえ、不安は更につのる。

”この先に、まだ立ち入ったことの無い小道があったな。タウンへ抜けるのだろうか。
よし、帰宅の抜け道用に探ってみよう。”

そこは、幅5メートル程、乗用車がやっとすり違えるほどの小道であった。
進入して間もなく、振動が伝わってきた。
入り口近くだけが舗装され、内部は未舗装のままであった。
小雨で湿りがちなジャリ道、スピードを落としライトに照らし出された路面を注視する。
道の両側に茂る、背の低い潅木はマングローブのようである。民家は見当たらない。
”マングローブがあるところを見ると、どうやらタウンの南を迂回しているようだな。
このまま暫く走ればサパンヒン海公園に出るだろう”と推測するも
時間は家を出て既に30分を経過している。通常であればタウンには15分で到着する。
”道に迷ったか、まさか...。引き戻すか、まさか”
一瞬、心に過ぎった不安に自嘲しつつも更に道を進んだ。

やがて、左前方にオレンジ色に点灯する淡い灯りが見えた。
建物の前には腰掛けた2〜3人の人影も見える。
おなじみの地元飲み屋だ。
”今夜はここに決めた。”
店前に停車し、その店を眺めた。

”はて、以前に見たことがあるような?”

赤い豆電球に囲われた入り口、
合掌で迎える娘たちに案内されるままに座ったこのテーブル、
ガラス戸を隔てて見えるカラオケルーム、
全てに見覚えがある。

しかし、この店を訪れたのは
今夜が始めてなのは言うを待たない。
”はは〜ん。これがデジャブか。
視界に入った映像を脳が認識するまでの僅かな時間のズレが生み出す、既視感覚か。
今夜は早くも脳がイカレだしたか。
それにしても、見るもの見るもの全てがこうもはっきりしたデジャブは珍しいのではないだろうか”

その時であった。
おひさしぶ〜り〜!
と大仰に喜んで見せ、隣に座った娘がいた。
”な、なんだと?俺を知っているのか”
その娘も、確かに見覚えのある顔であった。

混乱が始まった。

もうぉ!長い間、どこで浮気していたの、密偵さん!

”名前まで知ってやがる...と言うことは確かにどこかで会っているわけだ。”
気を悪くしないで欲しいのだが、
確かに、君には会ったような覚えがあるし、この店も見たことがあるような気がする。
しかし、この店へは今夜が始めてなんだ。
どこか、ここに似た、他の店で会ったのだろうか。
そのときの様子を聞かせてくれないか。


もうぉ!すっとぼけて。何時も、なんか変なんだから。
ここに決まってるじゃない。
あなたは始めてのお客さんで、ちょうどその日が私の誕生日で
私のほか、皆にホステスドリンクをご馳走してくれたじゃない。私、嬉しくって。
他に、バンコクの事や日本の事やいろんな事を聞かせてくれたわ。
そうそう、私驚いちゃった。貴方が日本人だと知って。
タイ語がペラペラなんだから、最初はてっきりタイ人だと思っていたわ。


そりゃ、ちと変だ。確かにタイには永く住んでい、タイ語も日常生活に
不自由はしないが、保育園児にも言い負かされるほど幼稚なタイ語しか話せん。
どうだ、今の俺が話すタイ語は?


そう言えば、今、あなたが話すタイ語はタイ人のそれじゃない。
外国人のタイ語ね。とぼけているの?


いや、今夜の俺はいたって真面目だ。で、いつ頃の話だ?

半年ほど前よ。

半年も前の、始めての客にしては、よく覚えているじゃないか

だって、貴方。最初に見たとき、本当にびっくりしたんだから。
そこのラックちゃんなんて、怖くて泣き出したんだから...


びっくりした?泣き出した...と?

「あの日は、今夜と同じような小雨混じりの夜で12時になってもお客さんは一組も現れず、
みんな店前に腰掛けて、おしゃべりで気を紛らわせていたの。
そんな時、何か空から舞い降りてきたような気がして
なにげに眺めると、貴方が立っているじゃない。
車も無いし、単車も無いし。
この、人気の無い小道を歩いてきたら、私たちは気が付くはずよ。
ところが...あ〜今思い出しただけでもゾッとするわ。
そして、貴方は何も言わずス〜ッと店に入り、この席に座ったのよ。
もう、怖くって、怖くって。足はガクガク、声も出ない。
ラックちゃんったら『ピー(幽霊)だわ〜っ!』って泣き出す始末。
もちろん、私や他の子もそう思ったわ。
でも、私はね、その日は私の誕生日。めでたい日よ。
きっと悪いピー(悪霊)ではなく、良いピー(精霊)だと思ったの。
そして、気を取り直して恐る恐る注文を伺ったの。

『ビアシンを下さい。』
それは、とっても穏やかな、優しい言い方で、
それまでの恐怖がサッと消え、きっと良い人に違いないと確信したわ。
最初は無口だった貴方もビールが進むにつれ饒舌になって、
いろんな処の話を聞かせてくれたわ。とっても楽しかった。
それに、『今、僕たちは夢の世界に居るんだ』
なんて、真面目に言うものだから可笑しくって。」


「夢の世界だと?
その日は誕生日だと言ったな。じゃぁ、日付を覚えているだろう。いつだ?」


「もちろん、覚えているわよ。4月16日よ?どうかしたの?」

”4月の16日...あ.あの日ではないか!...”

背筋を悪寒が走った。
......

思春期の一時期、少なからぬ人々の体験。
午睡のうたた寝、あるいは暁のまどろみの中
身体が突然に硬直し、意識ははっきりしているものの身動きがならない。
このまま死んでしまうのだろうか。体に圧し掛かる得体の知れぬ怪人。
恐怖以外の何ものでもない現象”金縛り”。
浅い眠りのレム睡眠中、”身体は眠ったまま、意識が覚醒しようとする瞬間に起こる現象”で
不快と不安感から様々な怪奇現象をも生み出す。
しかし、これらは全て脳内での現象であり、自ら生み出した幻覚であり、一種の夢である。
これを、逆手にとって、望むものを出現させ、望む行為を楽しむ夢のコントロールも可能。
これが、金縛りを利用した”体外離脱”である。

一説に魂が離脱する幽体離脱、
魂の抜け出た身体は死人とみなした”臨死体験”と説く人もいるが
オカルトに興味は無い。
夢がコントロールできるのであれば、これはこれで一つの究極のエンターテイメントである。

夢のコントロールには
夢を見ている間に”これは夢だ”と自覚する明晰夢と
金縛り時に身体から抜け出す体外離脱がある。
明晰夢は、夢の中で何かのきっかけで自覚を待つ受動的な”夢のコントロール”なのに対し
体外離脱は、自ら金縛りを呼び込む事で可能となる、より能動的な”夢のコントロール”である。

ベッドに仰臥
身体の全ての力を抜き、呼吸を整える。
目蓋の裏に神経を集中する。
やがて浮かぶ白いモヤ。
大きく、小さく、流れては消え、消えては現れるモヤは形を整え始め、
心像が現れる。睡眠の一歩手前。
ハッと意識が戻り、数分あるいは数秒なりとも眠入った事を実感する。
この入眠と出眠を繰り返す、いわゆる、うたた寝、まどろみの中
やがて、耳鳴りが聞こえ始め、音が大きくなるにつれて
身体にかすかな振動を覚える。
金縛りの前兆である。
決して恐れず、期待をもってその状態を受け入れ、しばし待つ。
突然、振動が増幅され身体はガクガクと震え
地滑りに流される感覚の後、ガチッ!と固まる。
金縛りである。

金縛りの後は、あせらず、無理に動こうとせず、
イメージでの寝返り、あるいは浮遊を試みると
寝ている自分から、もう一人の自分が抜け出る。
自らが創造する夢の世界が始まる。

その日、4月16日は
初めて、そしてたった一回きりの体外離脱に成功した日であった。

......

待ちに待った金縛りの後、イメージでの寝返りを試みた。
ゴロンと体が反転し、目を見開くと、まさに自分の部屋の中にいた。
隣には、安らかに眠る自分がいる。
五感は研ぎ澄まされ、精神は至高感に満たされた。

まず、空中浮遊を試みた。
まっすぐに立ったままの状態で身体が徐々に上昇した。
天井に届いたとき、上昇が閊え、一瞬たじろぐも
”これは、俺が創り出した夢だから、この天井も通り抜けられる”
と言い聞かすと、再び上昇が始まり、やがて屋根の上に出た。
隣家の屋根も見下ろせる。
”よし、飛べるところまで飛んで行ってやろう”
鳥瞰の旅が始まった。

頬を撫でる風、後方に流れる眼下の光。
今、存在そのもが喜びに満たされ、至高感に包まれている。
やがて、光の渦は消え、暗い一角にポツンと小さな淡い光が目に入った。
そのとき、自分の意思ではなく、浮遊の身体はスピードを落とし下降が始まった。
逆らい難い力で、その淡い光に吸い込まれるように...。

......

”あの体験は夢のはずだろう。しかし、なぜ彼女が知っているんだ。”
混乱と不安が治まらない。
”夢でなく、事実とすれば、いったいどうなってるんだ。
さては、夢遊病?
夢遊びの末、神経を冒してしまったか。
し、しかし、彼女が見た空から舞い降りてきたような出現はどうなる。
俺の記憶でも確かに空から舞い降りた。いや、舞い降ろされてしまった。”

”現実だったんだ。空を舞った事も、ここに来たことも。
夢でもなく、夢遊病でもない、つまり...。”

魂が彷徨う”幽体離脱”

抜けた後の部屋で寝ているはずの自分は”死人”。それは臨死体験であった。
もしも、魂が肉体に戻らなければ...。
全身を再び悪寒が貫いた。

底知れぬ恐怖に包まれつつも、この神秘体験への畏怖が、驚愕が
更なる未知の世界への期待に変わろうとしていた。
”不安はあるが、あの至高感は何ものにも替えられない。
まして、デカ頭短足の肉体に未練は無い。..ことも無いが、あっても少ない。
されば、自由変化に細道を永遠に彷徨い続けるのも面白かろう。”

解けた。全て解けた。

どうしたの、解けたって何が?やっと思い出したの?

あ〜、全て思い出した。よし、今夜も楽しく飲もう。

あら、よかった。全て思い出したのね。じゃぁ、あの事も思い出せたのかしら..フフフ...。

そうだったな。店が閉まってから、二階の君の部屋へ転がり込んだな。

今夜も、ゆっくりできるんでしょう?

まあな。しかし、見たところ二階の部屋は君一人が住んでいるわけでもなさそうだな。
他の子と同居してるんだろう。あの夜、みんなは遠慮して他所で寝たのではないのか?


フフフ

それも気の毒だ。どうだ、今夜は店が閉まってから外へ出て飲みなおさないか?

フフフ・・・

どうした?

転瞬
一陣の突風が巻き、女は髪を振り乱した。
カッと見開き妖光を放った目、
口は耳元まで裂けていた。

なっ、何者だ。お前は...

闇を引き裂く甲高い叫び
ハ〜ッハハハハハ、この迷いの館に2度足を踏み入れた者は、
2度と元の世界には戻れぬわっ!!


だ、だれか〜〜!!

.........

みっていさん。。。みっていさん...密偵さん。
ダメじゃないですか。こんな縁先で眠り込んで。夜露は身体に毒ですよ。」

「おっ、プ助か。丁度良かったわい...」

「なんだか、うなされていたご様子でしたが、悪い夢でもご覧になりましたか?
ほら、額に汗まで浮かせて...。あれ、ヨダレまで垂らしてる?」

「いやいや、なんの。して、今宵は何の用じゃ。」



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2004年10月

密偵・色即是濁・第四話

「赤子持ちマングローブ蟹」編

プ助
やはり、この店にいらっしゃいましたか。
先に隠宅のほうへお伺いしたのですが
お留守でしたので、もしやと思い立ち寄らせていただきました。
暫く、お付き合いさせていただいても宜しいでしょうか。

密偵
ワシは一人で飲むのが好きなんじゃがのう。

プ助
でしたら、家で飲めば宜しいではないですか。

密偵
帰れ!とっとと帰れっ!

プ助
今夜は、こんなものをお持ちしてきたのですが...。
日本製の切りカスが飛び散らない爪切りです。

密偵
今どきそんなものは、珍しくも何ともない。
タウンの週末マーケットで一個20バーツで
わんさか売っとるわい。

プ助
これは、失礼しました。
密偵さんにはご無用の品でした。

密偵
ま、よいわ、見せてみろ。
プチッ
う〜む、なかなかの切れ味じゃ。
さすが日本製、焼きでも入っておるのかの。
気に入った。
ま、そこに座ってビアシンいきたまえ。

プ助
ありがとうございます。
では、お言葉に甘えさせていただいて、
おっ!新顔もチラホラ見えますね。

密偵
ドテ〜ッ !


プ助
こ、こんなカウンターの
不安定な丸椅子に腰掛けながら、足の爪を切ろうとするからですよ。
起き上がれますか?

密偵
だ、誰も見とらんじゃったろうのぉ?
お〜、痛てててて。

プ助
みんな、しっかり見てましたよ。
ほらほら、治りかけたバイク転倒傷の瘡蓋がまた剥がれてしまってます。

密偵
しもた。もったいないのう。
もう少し乾いたところで、ジワジワ剥がすのを楽しみにしておったに。

プ助
いろんな楽しみをお持ちで宜しゅうございます。

密偵
して何用じゃ。今夜は。

プ助
先日、バンコクに所用で行ってまいりました。
そこで、かの有名店の赤子持ちマングローブカニを戴いたのですが
いや〜見事なもので。
甲羅の隅から隅まで赤子がビッシリ詰まっておりました。
あれに比べますと、プーケットの赤子持ちマングローブカニは貧弱ですね。
種類が違うのでしょうか?

密偵
種類は同じじゃ。
確かに、バンコクのあれは、赤子がびっしり詰まっておるのう。
あの量は不自然極まりない。

プ助
不自然と申しますと?
また、脚を切るとか。あるいは頭をひっぱたくとか。

密偵
浣腸じゃ。

プ助
ブハ〜ッ !

密偵
き、きたない奴っちゃのう
早く拭けい!

プ助
も、申し訳ありません。
それにしても食の話なんですから...

密偵
量の違いもさることながら、
見た目、食感、味もやや違う。

プ助
そう言えば、乾いた食感でした。

密偵
そうじゃ。
プーケットの自然物の赤子は
表面に艶があり、食感もやわらかく、グニュっとした感じよ。
バンコクものは艶が無くコリコリした食感で、味も甘みで劣る。
...
スラータニの名産、アヒルの塩漬け卵があるじゃろう。

プ助
中華料理店のおかゆさんと一緒にでてくる、あの塩辛いゆで卵ですね。

密偵
その通り。
あの、茹でる前の黄身をケツから注入しとるんじゃ。

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2004年10月

密偵・色即是濁・第三話

「ぶよぶよ蟹」編

ドンドンドン...

プ助
開けてくださいよ。
中にいらっしゃるんでしょう?

ドンドンドン...

密偵
何用じゃ?

プ助
ちょっとお聞きしたいことがありまして。
開けてくださいよ。
ん?お取り込み中ですか?
自宅連れ込みは、細道のご法度のはずですが。

密偵
くだらぬ詮索は無用じゃ。
ほれ、ピンクの植木鉢の裏に鍵があるじゃろう。
勝手に入って来い。

プ助
こんばんわでございます。
あれ〜っ?
どうなさいました
その、肘、膝、手首の傷は。

密偵
こけた。

プ助
って、いつもはエンジンをかけ、足をあげた途端にバランスを崩し、
バタリとこけて店の人に抱えあげられるとか、でなければ
赤信号で停止した途端に、足が地面に届かずバタリとこける程度で
そんな傷は受けないでしょう。

密偵
威勢よく、こけた。
夜間、証明も不十分な郊外幹線道路に
無灯の大型バスが止めてあった。
目に入りあわててブレーキを踏むと
道路拡張工事の砂が撒き散らされてあって
スリップし、見事にこけた。

プ助
酔っ払っていたのでしょう。

密偵
あの状況では酔っ払っとらんでもこけとるわい。
ところで、外の洗濯物を取込んでもらえんか。
腕があがらんでの。

プ助
はい。今、取込んでまいります。

...

密偵
で、今日は何用じゃ。

プ助
実は密偵さんもお好みの
”脱皮したて甲羅ぶよぶよ蟹まるごとから揚げ”についてなんですが、
ちょっと気になりまして、
あれは、自然に脱皮した蟹なんでしょうか?

密偵
うむ。良い点に気が付いたの。修行が進んでおるようじゃ。
昔は島でもたった一軒、先代が今のメトロポールホテル近くに構えていた
旧レムトンレストランでしか手に入らなんだ。
それも毎日ではなく、メニューにも載ってはおらなんだ。
ところが、最近ではそこそこのレストランで、
メニューに載り毎日提供されておる。不自然極まりない。

プ助
では、やはり薬品か何かで甲羅を溶かすのですか?

密偵
甲羅を溶かしたら、身も溶けて食うとこ残らんがえ。

プ助
突っ込まないで下さいよ。
例えばの話ですよ。

密偵
今日は何を持ってきた。

プ助
今夜は物ではございません。情報です。

密偵
ふん! こ生意気な。
このワシに情報提供じゃと?

プ助
これは、失礼致しました。
では、話しません。

密偵
許す。話せ。早よ話せ。

プ助
例の生ビール、キャンペーンガールですが
ハイネッケンに続き、ようやくビアシンも始めたそうで、
ピッチャー3杯の御代りで席に付きっきりだそうです。

密偵
おっ!そりゃ楽しみじゃのう。
で、脱皮じゃがの。
カニは足が折れると、また新しいのが生えてくるのは知っておろう。
この再生と脱皮は密接な関係にあるのじゃ。
つまり、そのプロセスがほぼ同じなのじゃ。
そこで、カニの足8本の先っちょをちょん切ると、
やがて足の再生が始まる。
ところがの、一本、二本ならいざ知らず、
8本まとめてとなれば、カニもイライラしてきての、
「え〜い!面倒じゃ。まるごと脱皮してしまえ」となるのじゃ。

プ助
では、イライラしない、気の長いカニは
我慢して脱皮しないのですか?

密偵
2〜3回ちょん切れば、気も短こうなるわい。

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2004年10月

密偵・色即是濁・第二話

「たにしカレー」編

プ助
おや、今夜もご在宅ですね。
小耳にはさみましたところ、先週末に
リストアップ10番目にも、お振られなすったそうで?
もう、あとが無いのでは?

密偵
...ここは密室じゃ
悲鳴あげても、外には漏れんぞ。

プ助
そ、そんな目で睨まないでくださいよ。
冗談ですよ。ったく気が短いんだから。

密偵
冗談ではないわいな。

プ助
ところで、先日、たにしカレーを戴いたのですが
どうも、旨く身をすい出せません。
秘術はありすか?

密偵
ディープキッスじゃ。

プ助
今回の失恋は、後遺症付きですか?

密偵
.....。

プ助
じょ、冗談ですってば!
フライパンを下ろしてください!

密偵
何を持ってきた。

プ助
今夜は日本製”ライト付き耳かき”を持ってまいりました。
ここ、このスイッチを入れますと...ほら。

密偵
お、見事なものじゃな。
どこで手に入れた。

プ助
かの細道修行者からの貢物です。

密偵
で、御仁の修行は進んでおるのか?

プ助
それが...。

密偵
ふむ。やはりそうであったか。
いたしかたあるまい、ワシが引導を渡そう。

プ助
貢物も絶えてしまいますが。

密偵
もう暫く、様子を見よう。

プ助
宜しくお願いいたします。
しかし、その耳かき、ご自分でお使いになるにはライトは無用で。
へへへ、細道でお試しですか?

密偵
ヘソのゴマが取れそうじゃのう。
どれどれ...

プ助
人前でほじらないで下さい!

密偵
うむ、気に入った。
では、たにしカレー吸引秘術を伝授つかわそう。
先にも言った通り、ディープキッスじゃ。
貝口にピッタシと隙間無く唇を密着させ、
瞬発力をもっていっきに吸い込む。

プ助
...それが秘術ですか。

密偵
待て待て、秘術はこの先じゃ。
若いのう、せいてはいかんぞ。

プ助
...(せっかちはアンタでしょう。あっちのほうも。)

密偵
伝授止めた。

プ助
何も言ってませんよ。
続けてください。

密偵
止めた。

プ助
ところで、
あの地元カラオケの腹がたるみ始めた後家さんですが、
最近、エアロビクスを始めたそうで。
なにやら密偵さんへの含みがあるとか...。

密偵
ん?エアロビスクとな。それは殊勝なことじゃ。
よし、伝授を続けよう。
口を密着させいっきに吸い込もうにも
身自体と内壁に隙間があっては、出てこん。
これが結構多いのじゃ。
その際は、先がちょん切られた尻尾から吸い込み、
身を尻尾に密着させてから、あらためて貝口を吸い込むのじゃ。

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2004年10月

密偵・色即是濁・第一話

「鮮血ラーメン・クイティアオ・ナムトック」編


プ助
おや、ジャングルからお戻りで。
心の傷は癒えたのですか?

密偵
今すぐ帰れ。

プ助
冗談ですよ。すぐヘソ曲げるんだから。
ところで、先日、美味しいラーメンを食べたのです。

密偵
サッポロシリーズが一番。

プ助
いやいや。
スープが茶色に濁っており、
コクがあって、おかわりしましたです。
味噌か何か混ぜてあるのでしょうか?

密偵
店前のクリ舟で作っとらなんだか?

プ助
おっしゃる通りで。
さすが密偵さん、お見通しが利きますね。

密偵
血じゃ。

プ助
えっ?「チ」ですと?

密偵
その朝、取れたてのブタの鮮血じゃ。
スープそのもは、トンコツあるいは鶏ガラで普通と変わりは無いがの、
最後に小タマに軽く一杯、さ〜っと注ぎ込む、
すると、真紅が一瞬に変色、凝固が始まり茶濁するのじゃ。

プ助
し、知らずに食べて良かったです。はい。
2004年 6月

まったくの作り話...かどうか、想像にお任せします。

「タルンゾー氏 今夜もボヤク」


彼の名は”タルンゾー”
名前からして妙である。

とあるホテル、深夜のコーヒーショップ。
”こらっ!お前(会社の友人)、やけに(相方と)楽しそうじゃないか。
それにくらべ、こいつ(俺の相方)はなんだ。
ぶっちょう面で、あっち向いてホイ!で、人のタバコ勝手にプカスカ吸いやがって。
さっきまでの店ん中での愛想はどこに置いてきたんだ。
それにしても、あの密偵とか言う、いかがわしい在住男は
つまらん店を紹介してくれたもんだ。
地元の細道だと?笑わせんじゃねえ。
ありきたりの観光客相手のクラブじゃないか。
いったい、いくら抜きやがったんだ。
....
つ、つまらん!こんなはずではなかった。
そうだ、
(たまたま掲示板で知り合い、訪プーが重なり今夜の夕食を共にした)
あの男を頼ろう。
「キミキミ....帰れ。タバコ持って、もう帰れ。」

まだ、閉店の2時には充分時間がある。
タルンゾー氏は、うわさにきくバービアーへ急いだ。

耳をつんざくロックと嬌声、
狭い路地、人混みをかき分け肩をぶつけ合いながら
ネオンの看板を頼りにその店を探す。

突然、傍らにいた赤ら顔の大男が金槌を振り上げた。
「な、なんだてめえ!おりゃ、今夜は気がたってんだ!..
やるのか!やっても良いが、
俺が相手じゃ、チトものタルンゾー! ってヘヘヘ〜...僕、タルンゾーです。」
”...し、しまった。相手は白人だ。(日本語の)シャレが通じるはずがないっ...”
背筋が冷たくなったのもつかの間、
大男は丸太の切り株に突き立った釘をめがけて
力いっぱい金槌を振り下ろした。...ゲームらしい。
”....バカタレが。”
と一瞬足をとめたとたんに、3〜4本、いやそれ以上の手が
こちらの、両手、肩、首、その他...に纏い付き引っ張ろうとする。
「シャチョー、ドゾー、シャチョー」
”うわさには聞いていたが、凄まじいもんだ”
恐ろしくもあり、嬉しくもあり
不安と期待が入り混じり、セカンドバックをしっかりと抱えなおす。
もし、その男に出会えなければ、と不安がよぎる。

雑踏の中から、声だけが聞こえた。
「タルンゾーさん!」
すがるように、周囲を見渡し、しっかりと彼をとらえた。安堵!

「あれ〜、ホテルに帰ったんじゃなかったのですか?
よくまあ、こんなところへ、一人で来れましたね」

「いや〜、ジャの道はヘビって言いましてね。
慣れているんですよ。この手の雰囲気に。
これでないとダメですよ。私にはね。
あの、密偵さんの紹介した店はなんなんだ。
つまらねえ、ありきたりの店へ連れて行きやがって。」

「日本語が通じないと困るって貴方が言ったからでしょう」
「ま、それはそうだが....。」
「この店は、オーナーが自分が楽しく飲めれば良いって調子で
商売っ気の無い、気の置けない店だから、安心して飲んで下さい」
「お〜い、誰か、僕の友達の相手してあげてよ」

「サワッディー・カ」
まだ二十歳にも届かないであろう、
美人とは言えないが純情の化身のような娘が挨拶にきた。
「さ、さわっていいか〜、じゃねえ、サワッディイーカ〜プ」

途中省略

1年半後の04年、某日
”こらっ!お前、やけに(携帯でおしゃべり)楽しそうじゃないか”
チャラチャラした服着やがって。
なんだと〜、ハニ〜って誰としゃべってんだ”

タルンゾー氏は、今夜もボヤク。

お終い。
えっ?アンコール

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2004年 6月

「JAPAN TIME 時間厳守!!」


まったくの作り話なんです。

1990年後半

”ったく、灰皿くらい取り替えてくれてもよさそうなものだが”
吸いたいと思うでもなく、火をつけてしまい、
灰皿は、くの字に折れ曲がった吸殻であふれるばかりになっている。

”それにしても遅い。20分も過ぎているではないか。
こちらは10分前から来ているので、かれこれ半時間だ。
時間にルーズだとは聞いてはいたが...あ〜喉がイガライ。
「キミキミ、 ウオーター プリーズ...」
”どこ見てやがんだ、あのウエイトレス..ったく。”

彼は養殖真珠ネックレスの接続部品”クラスプ”の買い付けにやってきた。
近年、日本市場、いや世界市場を席巻する中国産アコヤ貝真珠
元来、アコヤ貝真珠といえば”和玉”と呼ばれ、日本の独占市場であったものが
数年前に秘術"核の挿入"が中国に持ち込まれ
以後、養殖半年足らず、真珠層が0,数ミリにも満たない粗悪品が
格安で世界市場を荒らしまくっている。
0,数ミリと言えば、布でこすっているうちにペロッと剥がれてしまうしろもの、
2〜3年養殖、巻き(真珠層)の厚い和玉とは質が違う。
しかし、見た目には(一般消費者には)わからない。

しかし、それら粗悪品にはフィリピン産の銀素材・金メッキのクラスプが装着されている。
和玉には18金を装着し、高級品としてしか生き延びる術はない。
人件費が安く、宝飾加工技術の優れたタイ製18金クラスプは
その存在感を高めつつある。

”落ち着け、落ち着け。イライラしたって始まらん。
...昨夜のタニヤの姉ちゃん、ラックとか言ったな。ノ○ピーにそっくりだ。
病気で寝込んでいるオヤジの入院費を稼ぐためとか...。
チェッ!やなこと聞いちまったい。
私生活を根掘り葉掘り聞くんじゃなかった。
しかし、入院費はどれくらい掛かるんだろう。
...今夜も覗いてみるかな。
そう言えば、電話で今日のアポを取った
ヘンな日本語を話す調子よさそうな兄ちゃんはレックとか言ったっけ。
ラック、レック、ラック..痛っ、舌噛んだ。

”そ、それにしても遅い、もう30分過ぎた!”

ふと、あの時の、にがにがしい記憶が蘇る。
デパート仕入れ部との商談、15分遅れて商談が流れてしまった。
トイレで手間取ったのがいけなかった。
前夜のスナックで食べた、付き出しのタコ酢があたったに違いない。
もうこれ以上もたない、
ってのがその夜の付き出しに出ることが多々あると聞く。
刺し込むような腹痛に耐えられず、飛び込んだトイレに個室が2つ、
一つは故障中で、もう一つが.....
”あの野郎、待たしゃぁがって、
新聞たたみながら出てきやがった。
公共の個室で新聞読むな!!”

”40分だ。
土下座して謝っても許さんぞ。お流れだ。
商談先は他にもある...って他も同じだろうか。やだな〜待たされるのは。
おっ、来やがった。
さ〜て、どんな面さげてやってくるやら。
ん...?こら〜っ、真っ直ぐここに来んかい!
ウエイトレスとイチャついとる場合か!”

レックがニコニコとテーブルに近づいてきた。

 「ハ〜イ、オゲンキデスカ?」
”アホかお前は”
 「クルマ、イッパイ、コンデマシタ」
「車が混んでいるのは、ショーチのウエだろう..」
 「エッ?ウエデ ショーチューノミタイデスカ?」
「な、何を考えとるんだ。商談はキャンセルだ!!
 そこの女、勘定だ。釣りはいらん!」

 
イスを蹴って出ていった。

ウエイトレスがテーブルを片付け、置き去られた勘定を確かめる。
 
 「釣りはいらないって。」
  「って、これ、お勘定ピッタシじゃない。
   彼、怒っちゃったの?」

 「あ〜、40分待たしちゃった。商談はキャンセルだって」
  「あら、残念ね。
   せっかく、40分も待って、やっと会えたんだから話を続ければ良いに....。」

 「俺もそう思うんだけど...。」

お終い。

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2004年 6月

知人から聞いた話なんです。

「天使の都、微笑みのタクシードライバー」


1990年代前半
土曜日の午後、仕事も一段落ついた昼過ぎ
エアコンの効きすぎた事務所を出た途端、潜んでいた汗が一斉に噴出す。

”うっ暑い”
建物の中と外との温度差に毛穴の開閉が忙しい。
タイ人の毛穴数は日本人のそれよい多いと聞いた事がある。
ま、どうでもいいか。

”暑いな〜。...そうだな..汗でも流すか。そろそろご出勤の時間だろう...ムフフ.。”

この手の決心は早い。沿道に立つ。
クラクションを鳴らして気を引こうとするボロタクシーを、目が合わない様に見過ごす。
こちらの目当ては数ヶ月前に登場した新車(または2年以内)エアコン完備のメータータクシーだ。

また数台の交渉タクシーを見過ごす。
まだまだメータータクシーの数は少ないようだ。

待ちきれなくなって、
クラクションを鳴らし、フロントガラス越しにこちらを睨みつつ近寄ってきた交渉タクシーに手を上げる。
手の上げ方は前方仰角30度、決して日本式で頭の上まで上げない。
新参外国人と見做され、料金交渉に不利を招く。

運転手が助手席の窓を巻き降ろそうとするより早く
ドアを開け、半身を屈め中を覗き込む。相変わらずせっかちである。

「パイ○○タオライ?(○○まで、いくらだ?)
 「ウエラーニー・ルー?(この時間にですかい?)
「タームワー・タオライ(いくらだと聞いてる)
 「....ローイジーシップ(120)
無言でドアを閉め、一歩下がり後続のタクシーを探す。
運転手は慌てて窓を巻き降ろし、
 「ナ、ナイハーン ジャ・ハイ・タオライ?(だ、だんな幾ら払ってくれる?)
聞こえぬ振りをして、なおも後方に目をやる。
 「ハイ・タオライ?(幾ら払う?)

料金交渉がこちらのペースになってきた。

「クン ルーチャック・タクシーメーター・マイ?
ガマランジャ・ニーヨムユ(メータータクシーを知ってるかい?今流行つつあるだろう)
ロットカンマイ・レ・ミーエアードゥアイ・ナンサバーイサバーイ、コー・マイツン・ジェッシップ
(エアコンの効いた新車で快適、それで70までいかない)
ター・ローイジーシップバーツナン、コー・マイヤーク・ジャ・ジェーラジャー
(120バーツなんて、交渉する気にもなれない)」

 「ロッドコーティッド(車も混んでる) ローイバーツ(100バーツ)
「ホックシップ(60)
 「カーウシップ(90)
「ジェッシップ(70)
 「ペッシップ・コーレオカン、タンテーティホック・チャオニー ダイ・ソンローブ・タオナン
 (80でどうだい。朝の6時から2回りしかしてないんだよ)

「ジェッシプ(70)
 「コダ〜〜イ(それでいいよ)」
ヤケクソ気味で運転手は了解した。

ドアを開け、助手席に乗り込む。
タイの運転手は、助手席に乗ったお客に親近感を覚えるのだろうか、
好む人が多く親しげに話しかけてくる。
こちらは巷の情報収集にもなるし、自ら前方を注視できる。

案の上、話しかけてきた
 「ピー、ユー・ムアンタイ ナーンタオライ(兄さん、タイにはどれくらい居るんだい)

先ほどまでは”ダンナ”と呼んでいたのが、助手席に座った途端
親しみを込めた”兄さん”に変わった。

「クワッブ・シップピーレーオ(10年近くだ)
 「ヤンニーエーン、プータイケン(どうりで、タイ語が旨いわけだ)
 テー、ムアカムヌンツン シップピー....(しかし、10年のわりには...)

「プーッ アライ(なんか言ったか)
 「マイミーアライクラップ(なんでもありません)
 
そして会話は日本製の車から昨今の国際情勢にまで及び、
ドライバーは、バックミラーを覗いた後、ニヤリと笑った。
後ろを振り返ると、空車ランプを立てたメータータクシーがピタリとついていた。
”くそ、もう少し待てば良かった。”

 「レーオ、ピー・チョーブタクシーメーターマイ(ところで、兄さんはメータータクシーが好きかい?)
「チョーブ、ロッドカンマイ、エアーコーイェンサバーイ(好きだ。車も新しく、エアーも効いて快適だ)
クン タンマイ マイプリアンタクシーメーターラ
(あんたはなぜメータータクシーに変えないんだ)
 「クー、マンコー・ミー・ランバーク ニックノーイ...(うーん、あれも不都合が少し....)
「ランバーク アライ(不都合とは?)
 「タンラーカー ユーカッブ・ラヤターン・カッブ・ウエラー、ウェパイ・マイダーイ
 (料金設定が距離と時間で決まり、寄り道ができない)

「ウェパイ?ショッピング・チャイマイ?(寄り道?ショッピングだろう?)
 「チャイクラップ(その通りです)
「ヤンガイコーターム、カッブロッド ドゥーナーシ・クラップ(どうでもいいけど、前見て運転しろよ)

ナン!ナン! マー・カームタノーンユ、ヘンループラーオ!!
(あれあれ、犬が道路を横切っとるやろ、見えとんのか!!)

 「ルーレーオ、 ジャイ・イェンイェン(知ってるよ、落ち着いて)
「ヤー、ヤー・セーンティニー、 ミーアンタラーイ!!
(やめ、こんなとこで追越すんな。 危ないやんけ!!


チャンマイーリーブ、 パイチャーチャーノーイ(僕は急いでいない。ゆっくり行ってくれ)

 「ピー、マイリーブルー(兄さん、急いでないの?)
「マイリーブ(急いでない)
 「ヤンガン、ウェパイダイマイ?(それなら、寄り道していいかい?)
「チャンマイスーアライ(僕は何も買わん)
 「マイペンライ、ドゥヤンディアオ・コダーイ(構わない。見るだけでいいんだ)
「ター、チャンマイスーアライ、クンコーマイダイアライ、マイチャイラ?
(もし、僕が何も買わなければ、あんたも何ももらえない、違うのか)

 「マイペンライ、パーケーク・パイヤンディアオ・コー・ダイバットナムマンロッド
 (気にしないで。客を連れて行くだけでガソリン券がもらえるんだ)

「バットナムマンロッド?マイクーイドゥー、ンゴンソッド・チャイマイ?
(ガソリン券?見たことないな。現金だろう?)

 「ヘヘヘ....」

ショッピングのカラクリに興味がない事もない。

「マイユーナーン・ナ(ながくは居ないよ)
 「パイダーイマイ?!シッブナーティーコーポー、コップクンマーク・ピー!
 (行っていいのか?!10分で充分だ。ありがとう兄さん!)


かくして、土産物やへ寄り道する事になってしまった。

繁華街からは少し離れながらもメインロードに面し、間口を広く取った店構え。
タウンハウス風の店舗に挟まれ、その空間だけが豪華に輝いて見えた。
ドライバーを車内に残し、独り入り口へ向う
ドアに手を掛けようとする前にス〜ッと内側から開いた。

店内に足を踏み入れ、びびった。

天井は燦然と輝くシャンデリア、床は絨毯、数え切れないほどのシューケースが並び
シルクのタイドレスに身を包んだ誰が見ても”う、うつくしい...”
と形容するであろう案内嬢に日本語で迎えられる。

 「イラッシャーマセ」
”ん?俺はあんたがタイ人か中国人か、
日本人かさえ一目見ただけではわからんぞ。なんで俺が日本人だとわかる?”
先手を取られたようで不愉快だ。

後ろで、”ガチャリ”とドアをロックする音が聞こえた。
”俺は分かってるよ。泥棒の侵入を警戒しての事だろう。
しかし、客にしてみれば気持ちの良いもんじゃない”

白く淡い照明に照らされたショーケース内はもちろん、宝石。
2キャラ以上はあるだろうサファイヤが目に留まった。
早速、売り子の販促が始まる
 「タイ ハ ルビー ト サファイア ノ ゲンサンチ デス」
”カンボジアから苦情がくるぞ”
 「コレ ハ ニホンジン コノミ ノ シンプル ナ デザイン デス。」
”(日本人の)俺に(日本人好みのデザインを)教えてどうすんだ”

値札を見ると、
”は.白紙ではないか。時価なのか?まさか...。なんだ値札を裏向けているのだ。”
売り子の熱心な販促が続く
 「ネダン ハ ニホン ノ サンブン ノ イチ デス。」
「ん?..で、いくらだ」...”し、しもた!”乗せられてしまった。
うやうやしく、値札を返す店員、素早く電卓を用意し値引き交渉の準備。
数字(値)を確認するにまでは至らなかった。
6ケタが目に入った転瞬、足が自然に次のケースへ向った。

後ろでは店員同士のヒソヒソささやく声が聞こえる。
「ケークニー ペン ナックトンティアオ ループラーオ(このお客さん、観光客かしら)
 タンマイ・ミー・ムートゥーラ、ナーソンサイチャン・ルーイ(なぜ、携帯電話もってるのよ、疑わしいわ)」

罪悪感がよぎる。
それも一瞬で、現実問題としての商品価格がそれをあっさり吹払ってくれる。
気づかれぬよう、腕時計をみやる。5分経過。
”あと五分の辛抱だ。”

筆者:注
当時、携帯電話はまだ一般に普及しておらず、一部のビジネスマンの持ち物で、
携帯電話を携えた観光客は皆無でした。
ちなみに、現在のようにポケットに入る華奢なものではなく
いざと言う時には武器としても使えるような頼もしいシロモノでした。
バッテリーの寿命が短く、一年も使用するとスタンバイですら5時間も持たない。
そのころ流行のポケベルを併用し、通常は電源を切っている。
ポケベルに連絡が入った時点で、スイッチを入れ、受信を待つ。
なんて使い方もあったらしいです。

その後、所在無くショーケースを覗き込んだりするのだが、
売り子はあまりかまってくれなくなった。
美しい案内係りも、いつしか背広をきめたお兄ちゃんに変わっている。
案内と言うより、むしろ見張られているようだ。
ますます居心地が悪い。
”おっ、9分30秒だ。今から出口に向かい、適当に挨拶すれば軽く10分を超える”
あせらず、落ち着いた足取りで出口に向う。
”今日はこのへんで。また日をあらためて来ることにしよう”
と挨拶する間もなく、ドアが開かれ外に吐き出された。
そそくさとタクシーに戻り、助手席に座り大きく溜息をつく。
隣にドライバーの姿は見えない。

どこから現れたのか、小走りに、それでも足取りは重そうに
ドライバーが戻ってきた。
先ほどまでの陽気さがない。
無言のまま、発進。
”おい、詐欺まがいの相棒を買って出てやったんだ。
ありがとうくらい言ったらどうだ”などの期待は無駄である事をわきまえている。

「ペンヤンガイ ダイヤン?(で、どうだった 貰えたか?)
 「........」
「ペナライ?(どうした?)」
 「カオボックワー、トンユー・ヤンノーイ・ジーシップナーティー コーマイダイアライルーイ
  (彼が言うには、最低20分いないとだめだって。なんにも貰えなかった。)

「ラー、シアジャイドゥアイ(そうか、残念だったな)
その後、こちらから話を振っても、気のない返事が返るばかりであった。

程なく、目的地に到着

サイフから赤紙幣(100バーツ)を抜き出し、
「マイトントーン(釣りはいらないよ)
 「ラ?コープクンマーククラップ、ピー・ジャイディー・マークマーク、
 (そう?ありがとうです。兄さんとっても優しいね、
 チョークディー○○サヌック・サバーイ・ナ・クラップ!
 御機嫌よう、○○楽しく、快適にね!)

「パイダーイレーオ!!(行って良し!!)

お終い。

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2004年 6月

「雨のプーケット」


先ほどまでの目も眩む晴天が嘘のように
一陣の突風とともに辺りは薄暗く陰り始め、人々の足が速まった。

ポツポツ、ボトボト、ドッシャ〜!
空を見上げた額に水滴を感じて、何秒後だっただろう
”突然”と言って相応しい強烈な雨が降ってきた。
”これが、南国のスコールか...”
数秒の躊躇でびしょ濡れを免れない。
幸い、目と鼻の先にあった店の軒下に逃げ込む。
店先のガラスのショーケースに黄色や白の麺が盛られている。
時刻は夕刻、
 ”中途半端な時間だが、雨宿りついでにラーメンでも食うか”

   ”あ〜これで、涼しくなるわ。.....
    あら、入って来ちゃった、あの外国人。
    中国人かしら。韓国人かしら。
    困ったわ、なんて注文とればいいの。
    どうしょう、ねえ、おカミさん...ったら私を睨みつけて。
    わかったわよ、注文とればいいんでしょう。


 ”なんだ、この店は。
  いらっしゃいの一言もないのか、
  ってタイ語で言ってもらってもこっちはわからんが..。
  じゃ、勝手に座るからな”
 ...
  おい、ねえちゃんよ。
  顔はとってもかわいいよ。好みだ。
  しかし、眉間に皺寄せて客を迎えるのはやめてくれ。”


   ”こ、困った。怒ってるのかしら、この外国人。
    何を食べるのかしら。そんなに睨まないで。
    黙ってないで早く注文してほしいわ。”


 ”なんだよ、ねえちゃん。そのぶっちょう面は。
  黙ってないで注文取れよ。”

睨みあい

 「なっ、なんなんだこの店は!!」
と椅子を蹴って立ちあが...ってはならない。
ことときとばかり、カバンから”指差し会話帖”を取りだす。
パラパラとページを捲り、その箇所を探す。

   ”ここは食堂。図書館じゃないのよ。”

 ”ここだ、ここだ『ラーメンを下さい』”
その箇所を指差し、彼女に見せる。

   ”なに?『コーバミナーム』、
    あら、面白いじゃない。”


 ”おっ!笑ったね、笑顔カワイイね。そうこなくっちゃ。”

   「ねえ、おカミさん、ちょっと来てみて。この本、面白いわよ」

   「どれどれ...なるほど。ねえ、あんた、ちょっと見てごらん。面白いよ。」

   「どれどれ...フムフム。日本語かな?『サワッディー』はなんて言うのだろう。聞いてごらん


 「ん?..これは、こんにちわ」
   「コン・ニチ・ワ?」
 「はい、そうです。あの〜、ラーメン食べたいのですが...」
 ...
 「ん?..これは、お元気ですか」
   「オ・ゲンキ・デソカ?」
 「いいえ、デソカじゃなくて、デスカ。あの〜、ラーメン食べたい...」
   「デシカ?」
 「デ・ス・カ。ラーメンは...」

外では、白雲沸き立つ目も眩むような青空が戻っていた。

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2004年 5月

「交通裏事情」


第一章:村営ソンテオ(乗り合いバス・トラック)編

各ビーチからタウンのタラーソッド市場発着所を結んでいます。
値段は20B前後と手頃で便数(時刻表無し)も多く、タウンへ行くには便利ですが
ビーチ間を結ぶ路線がありません。隣村同士の協調がありません。
1994年、県の運営でカロンとパトンを結ぶ路線運行が始まりました。
待ってました!の朗報でした。
その3日後に、運転手が袋叩きに合い、以後、県はビーチ間運行の委託業者を
公募しているのですが誰も事業に名乗り出でません。

2年ほど前からタウンでは路線バスが走るようになりました。
現在は業者に委託され運行が続いています。
あまり人気はないようです。
路線がタウン内とロータスを結ぶ2本しかありません。

郊外へ、ビーチへ、そしてビーチ間をも結ぶ路線ができれば
地元民にも観光客にも便利で、利用者はど〜んと増えるはずです。
現状、民間は怖くて運行できません。
お上はタウンの路線バスの需要が増えれば
路線拡張(ビーチ進出)も考えているらしいのですが、
タマゴと鶏どっちが先かの話みたいです。

第二章:トゥクトゥク編

トゥクトゥクは基本的に個人事業です。
日本で主流の会社組織ではありません。
ライセンスを取り自ら営業、又は数台のライセンスを取って他人に日割りで貸与。
この事情が行政による管理・指導が難しいところでもあるような...。

タウンなど、トゥクトゥク・トゥクトゥク...と流しながら客を拾う車は
地元客向けで、助手席にカミさんや子供を乗せたおっちゃんが多い。
相乗りが多く、料金設定は一人なんぼ。会話はタイ語。

ビーチのホテル前、繁華街周辺、タウンならばロビンソンデパート前などで
仲間とつるんで客待ちしている車は観光客向けで
元気で愛想の良いお兄ちゃんが多い。
相乗りは殆どなく、料金設定はグループ/一台でなんぼ。会話は英語OK。

普段、観光客が良く利用するのは、英語の通じやすい、
(通りに出た途端、こちらから探すより、あちらから声をかけて来て捕まってしまう場合が多い)
各スポットでの客待ち観光客向けが多いでしょう。
その場合、料金交渉ではグループでなんぼ/一台の料金を確認して下さい。
支払いの段になって、交渉料金を一人ごとに請求される場合もあります。
最近では数も減りましたが、ロビンソン辺りで客待ちのトゥクトゥクで
ビーチまで「10バーツ!」(通常200〜300バーツ)で客引きに熱心なドライバーがいます。
ビーチまで30〜40キロの道のりを10バーツ=30円ではガソリン代にもなりません。
走り出して暫くすると、宝石店のお土産店など2〜3箇所の寄り道を強要されます。
30分で帰れるところが、2時間も掛かかってしまいます。
寄り道を拒否すると、途中で降ろされます。

隣のビーチへは1台100バーツ
ビーチからタウンへは300〜400バーツ
タウンからビーチへは200〜300バーツ
(昼は安め、夜または雨日は高め)
破格な安料金には注意しましょう。

ビーチのトゥクトゥクはタウンへ客を運ぶ事はできても
タウンで客を拾う事はできません。各ビーチ間も同じ。(縄張り)。
タウンのトゥクトゥクはビーチで客を拾う事はできません。
ただし、往復契約の場合は別です。
ここが交渉の狙い目でもありまして、
運転手さんも帰りに空車で帰るのは避けたく、往復契約を勧めてきます。
待機時間(1〜3時間)無料、または往復割引を交渉しましょう。

第三章:番外編

カタビーチの会員制リゾートクラブ周辺にたむろする白タク&トゥクトクゥクは
以前から、エコーツアー(象トレッキングやカヌーなど)会社とトラブルが度々ありました。
「リゾートクラブ宿泊者のホテルの送迎は俺達がやる。お前達はツアーだけを案内しろ。」
ようわからんです。言ってる事が。
リゾートクラブに迎えに来た車にペタペタ脅しの張り紙を付けたり。
あげくの果てに、カタ・カロンのメイン道路を早朝から封鎖してしまいました(2年前の話)。

去年の暮れのあるとき
そのリゾートクラブの宿泊者からスパ・エステの日本語ガイド不要の申し込みがあり
ドライバーが迎えに行ったところ、待機中の白タクから
「リゾートクラブとの契約で、宿泊者の送迎は俺達がやる。お前帰れ。」
 「そ、そんな..。お客さんがそこで待ってるのに」
「どこへ行く?俺が送る。帰りはお前が送ってきても良い。許す。」
 「はい。承知しました。」
と言う訳で、ドライバーは片道300バーツを白タクに払い、
お客様のスパまでの送りを委託し、トボトボ帰って来ました。

彼らの言い分は、ガイドが迎えに来た場合は関与しないが
運転手だけの場合は商売敵になるので迎えは認めない。
というものです。これは現在も続いています。

以後、弊社もそのリゾートクラブ宿泊者で
スパ・エステツアーにつき、日本語ガイド不要、送迎のみを希望するお客様には
上述の事情を説明し、日本語ガイドを付けるか、もしくは往路の片道は
自分で手配していただくようお願いする次第です。

似たような話で
先月(先々月だったかな?)
アマンプリのアマンクルーザーがカタビーチに
当区域宿泊のお客様を迎えに来たところ、スピードボートや
ロングテールボートのお兄さん達に取り囲まれ、客さんの乗船を妨害され、
止む無く、お客様には陸路でチャロン湾の桟橋まで出向いていただき
そこで合流と言う事になりました。

第四章:完結編

ラグーナ区域(バンタオビーチ)は、
その昔、錫採掘後の池や沼が点在し、地元人の共有地と言うのか、所有者不明と言うか、
マイペンライの土地がところどころありました。
それらをひっくるめて、広大な土地がまるごと買収され、現在の高級リゾート区域が誕生しました。

土地の人たちで懐が暖まった人、ホテルに就業できた人達は喜んでいます。
それらにあぶれた人たちは不満たらたらです。

タイの海岸線は王様(公共)の土地で、地元の人が自由に出入りしいている道を
遮断してはならない事になっています。

広域開発により、ビーチ際にど〜んと並んだホテル
(各ホテルのマネージメントは個別ですが、元は一つです)は、
開発の恩典にあぶれた人たちにとっては邪魔でしかありません。
大手を振ってビーチへ出入りする、ところ、ホテル(ガードマン)とのトラブルが発生します。
不満が積もり積もって、年に1〜2度、区域の地理的首根っこ(出入り口)で道路封鎖が起きます。
ホテルも観光客もたまったものではありません。
しかし、お上としても同情の余地もあり、腫れ物に触りたくない気もあり、
まあまあでなんとか凌いできました。

観光客に人気のビーチ際、床砂、掘っ立てレストランは違法です。
ホテルにとっては、宿泊客が流れ、目の上のたんこぶです。
毎年、撤去、移転がどうのと話題になりますが、前述の同情その他、及び、
とあるホテルの施設(プール他)も公共の土地を私有化しているとかで、
この話しはあやふやになります。
しかし、この床砂レストランは観光客には人気で、
この手の違法は続いて欲しいと願う身勝手な利用者は私一人ではありません。

次の違法営業が白タクです。
区域内交通手段独占状態です。
他ではツワモノのトゥクトゥクも客を運んでくる事は可能でも、客を拾う事はできません。
ただし、料金的にはトゥクトゥクと変わらず、柔らかいシートに冷房付きで
利用客にとって、現時点ではお役立ちの交通手段でもあります。
しかし、選択の余地をあたえぬ独占は見直されるべきです。

そこで、お上が(恐る恐る?)腰を上げ始めました。

島内に300台あると言われているこれら無免許営業の白タク。
ラグーナ区域には約120台が存在するそうです。
これらの取締りを強化し、違反者は2,000バーツの罰金(数日で元が取れる?)。
そして、メータータクシーへの転業を推奨しています。
過去に空港ではびこっていた約50台の白タクは既に姿を消して久しく、
メータータクシーも進出してきました。
この結果に自信をつけた当局は年内には白タクは姿を消し、メータータクシーが
普及すると予測しています。ありがたい事です。そうあって欲しいです。
ホットライン「1584」、及び076−211019、内線の6、又は9で
違法営業、苦情を24時間体制で受け付けはじめました。
取締り強化は今年3月から始まりましたが、今のところ変化は見られません。

話は脈絡なく、あっちこっち飛びますが
空港に姿を見せ始めたメータータクシーの料金は
メーター表示+100バーツ
メーター料金は初乗り2キロ50バーツ、
1キロ増す事に7バーツです。
当初は初乗りが2キロ30バーツ、追加1キロにつき4バーツ(バンコク基準)だったのですか
いつしか倍近くになりました。
これには、当初の値段設定では、これら白タクの説得(転業のお勧め)が難しく
バンコクに比べ割高になったのではないかと勝手に推測します。
(以前、トゥクトゥク料金も定額にすべしと、当局とトゥクトゥク代表との話し合いがもたれたのですが
 当局がバンコクのメータータクーを基準に算出した提示額(案)を
 代表はプーケットは坂道が多くガソリン代が高くつくとの事で拒否し
 話し合いは決裂、現在に至っています。一部では仲間内で勝手に高額料金を設定し、
 観光客に提示しているトゥクトゥクもいます。)

ところで、この+100バーツですが、
バンコクのドンムアン空港では+50バーツです。

話は脈絡なく、あっちこっち飛びますが
バンコクの長距離バスステーションでのメータータクシー利用額は
メーター表示+10バーツです。
この10バーツはマフィアの懐に納まるとのことで
”マフィア撲滅”を旗印の現政権は”ケシカランではないか!”と調査のメスが入りつつあります。
係官は武装して現場を調査する物ものしさです。
調べたところ、この10バーツについては陸運局と管理会社との契約の中に
ちゃんと入ってい、現在契約の見直しを検討中ということですが、
訳がわからん。

ところで
10バーツの10倍もする
プーケット空港の+100バーツは一体なんなんだ...。
これが言いたかった。

いずれにしろ、空港でメータータクシーを利用する観光客の目的はビーチ。
やがて、ビーチにメータータクシーが目立つようになるでしょう。
しかし、そのメタタクは空車で帰らねばならない現状、
観光客も不審に思う。
ネットなどで、情報交換が進んだ現在、そんな状況が長く続くとは考えられない。

完結でした。ジャンジャン。

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2003年 12月

「目の前、そのまんまのプーケット」


時々(つい先日もそうでした)
掲示板で”目のまん前の、そのまんまのプーケットを楽しんで下さい”と書きます。
このメッセージの前には”事前情報を白紙に戻して”とも書きます。

もちろんHPの情報提供や掲示板の情報交換を捨てろというものではありません。
助っ人さん達のレスが如何に役立つものかは利用者の皆さんがご存知と思います。
私のような商売人のレスは体験で見知っていても感覚にズレがあります。
身銭を切ってない体験談が多いですから。

それでも”事前情報を白紙にして”と言うのは
こんな場面によく出会うからです。

街角で、地図を広げながらあれこれ相談している日本人観光客二人連れ。
 「どちらへ、お出かけですか、お手伝いしましょうか?」
「ノー・ノーサンキュー(日本語で声をかけてくる現地人に要注意?)」
 「在住の日本人です。遠慮しないで下さい。」
「あ、そうですか。ここへ行きたいのですが、どうやって行けばよいのか」
 「どれどれ、あ〜、かなり離れていますね。で、ここへ何をしに?」
「いや、ここの○○が美味しいと○○に書いてあったので」
 「それだったら、その角を廻ったところにも美味しい店がありますよ。」

出かけにホテルのレセプションや日本人スタッフに尋ねれば
ホテルの近くにも見つけられそうに思えてなりません。

そこで”事前情報を白紙に戻して”と言いたいのです。

”目の前の、そのまんまのプーケットを楽しんで下さい”
自分で気に入っているフレーズなんです。
今、目の前に見えるのはキーボードと画面。
これもそのまんまに違いないと思いつつ、ふと手を止め、外に出てタバコを一服。
眼前に視界を遮るホテル、上を見れば抜けるような青空。
これもそのまんまのプーケット...。別に楽しくもならない。

もどかしいな〜。

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2003年 3月

「プーケットライフを楽しむ」

「トゥクトゥクの相場を教えてくださったお陰で、こちらも疑心暗鬼にならず、
 カラリと淡白に値段交渉できて、助かりました。教えてもらった相場通りで、
 楽しい半日を過ごすことができました。」

今朝はこんな投稿をいただき、喜んでいます。

画像はピンボケ、文章は幼稚、インフォメーションもありきたり、
そんなサイトでも、なんとか伝えたいものがあるのです。
それは、掲示板で幾度も書き込んでいます
プーケットの「琴線」であり、プーケットの「場」です。
しかし、これはいくら編集し、洗練された画像や文章、
あるいは最新の情報をもってしても伝えきれるものではありません。
(と開き直り、最近はサイトのほったらかしが感じられます。)

では、どうやって「琴線」に振れ「場」を感じていただくか
先ずは「疑心暗鬼にならず、カラリと淡白に...」
これですね。
「誤魔化す」だとか「ぼったくる」だとか、あるいは「雨」だとか。
そんな事もあって当たり前です。
観光に依存した島で、観光客が接する地元民は
観光業に依存した人が殆どです。
より多く収入を得たいと思うのは
当たり前です。
より少なく支出を抑えたいと思うのも
当たり前です。
お互い当たり前の事ですから疑心暗鬼は無用、それどころか邪魔です。
(実際、大した額ではないし、損した分、楽ちんだったという事もある。)

事前に的を得た情報が入手できれば
疑心暗鬼に翻弄されることはないかも知れない、
そして「琴線」に振れ「場」を感じていただけるのではないだろうかと、
期待を込めて運営しています。

余計な一言
「海外旅行、注意は必要、猜疑心は無用」

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2002年 4月

「お釣りの勘定が遅い」


先日、55バーツのタバコを買ったときの話しです。
「マーボロー(マルボロとは言わない)の赤を下さい」
と言って100バーツ紙幣を出しました。
店番のオヤジさんは、釣銭を用意するのに「60..」とつぶやきました。
私は一瞬ムッとなり「55バーツでしょう」と念を押す。
しかし、オヤジさんはそれを無視して次ぎに「80..」とつぶやきました。
ここにきて、私も(あ、そうか)と気が付きました。
こちらの年配の方は引き算をしないのです。(出来ないと言ったら失礼になる)
お釣りも足し算で計算します。
はて?どうやってお釣りを足し算で計算するのでしょう。
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この場合、商品価格が55バーツ、受領額が100バーツ、
55バーツから足し算で数えて、5バーツコインを摘んで60バーツ、
次ぎに20バーツ紙幣を摘んでで80バーツ、続いて20バーツ紙幣を摘んで100バーツ。
手元に45バーツが溜まります。だから計算が遅い。

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2002年 4月

「品切れのジレンマ」


店でも事務所でも家庭でも「品切れ」が続く。
コピー用紙が品切れ、販促パンフレットが品切れ、コーヒー砂糖が品切れ.etc..。
その都度、不足分+予備も揃え、以後の在庫管理を命ずる。
しかし、せっかくの予備も、無くなるまで補充をしないので相変わらず品切れが続く。
自分で在庫管理すれば良いのだが、それも面倒くさい。

その内、センが延びきり、あとはプッツン、もしくは引き戻され、ダラ〜ンと弛みっぱなし。

品切れも慣れてくると、不便さも緩和され、いちいち在庫チェックの煩わしさからも開放される。
それ以上に、ものの有り難さが身に染みてくる。
いつも目の前に揃えてあると、あって当たり前の事となり有りがた味を忘れ勝ちになる。
適度に品切れになるからこそ、ものの有り難さが味わえる。

ますます、日本への社会復帰が遠のく。

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2002年 4月

「地元レストラン案内のジレンマ」


多くの旅行者が利用されるパッケージツアーは安全第一がモットーです。
現地旅行会社でもそれはそれは気を使っています。
事故、犯罪防止については安全意識に程度の差こそあれ基本は同じで管理もしやすいのですが、
保険衛生面では、大げさに言えば現地と隔離しなければ防止できない。
世界トップレベルの衛生環境で保護され、清潔好きに育った日本人は免疫、治癒力を
置き去りにしてしまったのでは。

ツアーで案内するレストランは、ホテルまたは観光客向けのレストラン。
地元人が自腹を切って利用するようなレストランではない。
美味いか、不味いか、食った事がないので解らない。
ただ、高いから行かない。高くてもそこにしかない料理なら行って見ようかな(実際には行かない)
とも思いますが、同じような料理が地元レストランでは5分の一、10分の一で食える。
食ったことが無くても「ここのレストランは美味しいですよ」とか「地元で有名ですよ」とか言って
ご案内するわけですが、こちらも何となくつまらない。

そんな折、「ガイドさん、地元の人がよく利用する地元レストランへ案内してください」
とせがまれるとガイドとしてはガイドごころをくすぐられ、嬉しくなってしまうのです。
これこそ、地元ガイドの出番だと。
日本でも何かの折に外人さんを案内してい、外人さんから食事に神戸ステーキや懐石料理でなく
キツネうどんやたこ焼きを求められたら、何となくその外人さんを好きになりません?(私だけ?)
と言う訳で、喜んで街のラーメン屋さん、総菜屋さん、カレー屋さんへご案内し、
お客さん、ガイド、運転手も一緒になって楽しい食事時間を過ごすわけです。

帰国後、旅行代理店から「お客さんが滞在中に下痢をしたそうです」との連絡が入る。
原因調査が始まります。
場所、食べ物は不明でも焼却法で先ずホテルが消え、観光客レストランが消え、
最後に残るのは地元レストラン。
ここで、「ウチの大事お客さんを変なレストランへ連れて行かないで頂きたい!」などと、
現地のガイドごころを無視した威圧的な苦情が(代理店から)来ると
「はは〜っ!も、申し訳も御座いません。ガイド教育を徹底し今後二度とこのようなトラブルを
起こさぬよう改善に努めますです。」と、中身のない改善対策メールを送って後は知らん顔。
ところが、気心の知れた代理店さんから「ガイドさんの気持ちはありがたいのですが、
お客さんの体調も考えて、地元レストランにはご案内しないようにお願いします」
と言われると、こちらも引くに引けず、
ガイドを集め「お客さま地元レストランご案内禁止令」を発令することになるのです。

どうなんでしょうね。
ベルトコンベアーに乗っかったような安全第一ありきたり案内が良いのか。

いや、私は
お客さんから依頼があればどんどん地元レストランへ案内する。
救急医療案内ツアーなるものも、(特別割引で)ご用意する。

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2002年 3月 

「夜のアップデート」


知人から聞いた話なんです。

彼は、泥沼にはまり込んだ日本人を数多く見てきた..らしいです。
「田舎のお父さんが入院して...」、
「お母さんが入院して...」、
「妹が入院して...」
 「やけに身体の弱い家族達だな?..」と不審をいだきつつも援助を続ける日本人。
マンションを買ってあげた途端、
今までは弟と紹介されていた男がボーイフレンドだった事に気付く日本人。
それもこれも、免疫のアップデートを怠っていたからだ。
と自分に言い聞かせ、夜のネオン街へ一人繰り出した..らしいです。

「お風呂」、「カラオケ」は間口が広く、奥は浅い明朗会計。
楽しく飲んで、遊んで気前良くお支払い..の度を越して
「だ、騙された..」とグチルのは免疫不足で自業自得。
彼のような免疫男にとっては今更アップデートする必要も無い初心者コース。

「よし!」と気を引き締め、その夜は数年振りに強敵「カフェー」へ足を踏み入れた..らしいです。

案の定、店員の怪訝な視線を浴びる(..フフン、日本人が珍しいのか?..)。
「ご指名は?」
 「無い」
づかづかと奥に進み、舞台の眺め良さそうな席を選びソファーに腰を下ろす。
ビアシンを注文。大ビン90バーツ(..ったく、安いもんだ)。
呼びもしない女が勝手に隣に座る。この女は歌手である。
カワイイのかブスなのか、店内は照明を落とし暗過ぎて顔がよく見えない。
ここで、ジロジロ眺めると足元を見られる。
それは彼のような免疫男のする事ではない。
彼女のワイ(合掌)を軽い笑顔で返し、視線を前方の舞台へ向ける。

客席とは対称的に華やかな照明に飾られた舞台の上では
若い歌手が、音程を外しつつ、それでも一生懸命に歌っている。
客も歌の旨い、ヘタに興味はない。
歌手の衣装が何とも可憐なのである。
上はお馴染みのタンクトップ、下はミニスカートに、なぜか膝までの極太長カラフル靴下着用。
その靴下とミニスカートの狭間にはライトに照らし出された「見て見て頂戴!」の
「新鮮ムチムチ太もも」に目は「・」となり、思考が止まる。

ここで、かの「ポンマライ」と呼ばれる首輪、もとい!.花輪(レイ)が登場する。
ズルッと片足を底無し沼に踏み込んだ自分に全く気が付かない..。

一流歌手の収入は、スポットライトに照らされた華やかなステージ上で
タニマチからオファーされる首輪、もとい!花輪の数で決まる。
密室でのいかがわしい副収入に頼るは二流、三流。
一流は誇りが許さない。歌唱力にも頼らない。花輪だけ。
上客は、それをわきまえお気に入りの歌手には下心、もとい!慈愛をもって花輪をプレゼントする。

ひとまず、目をムチモモから外し、ボーイを呼ぶ
「花はいくらだ」
  「一本、100バーツです」
(..100バーツか..あの頃は20バーツだったな〜。10本束、20本束が飛び交ったもんだ...
..100バーツか..一本じゃケチくさいし、先ずは3本あたりか..。)
「ステージに上がってる子に、..さん..3..2本あげて頂戴、2本ね」
免疫男は無理をしない。

ボーイが花輪を歌手の首にかけ、そっと耳打ちする「これは○番テーブルのお客さんから」
一瞬、不安気な表情で客席を見渡す歌手、ピタリ!と視線が交わる。
そして”微笑みの国、タイランド”
「お!笑顔がカワユイ」
ズ・ズルーッと足が底無し沼に...全く気付いていない。

やがて歌い終えた歌手がステージを降りて、隣へ腰をおろす。
先ほどからのお呼びもしない女は遠慮を知らず居座ったまま。
(おい、用無しのお前、あっちへ行け)とは言いづらい。取り合えず無視。
「貴方、中国人?」
  「日本人だ」
「お名前は?」
  「あじのもと」
「奥さん、いるの?」
ここで「ぼ、僕、まだ一人なんですぅ」と応えるようでは免疫不足。
  「タイワイフと子供が二人」とさりげなくブレーキ兼、逃げ道を用意しておくのが免疫男。
このブレーキはビールで緩むのだが..。
追っかけられた場合の逃げ道も
自分から追っかけだすと意味を成さないのだが..。全く気付いていない。
こちらから尋ねるのは、せいぜい名前ていど、
「歳はいくつ?」、「どこに住んでるの?」、「なんで水商売やってんの?」
などとヤボな問いかけを免疫男はしない。
とりあえずは、ホステスドリンク(コーラ)を(義理で用無し女の分も)注文する。
バングラ通りのビアーバーでは120バーツ、チト高いが、強制的ではない。
タニヤのクラブでは20分に一杯の時間制限強制コーラが200バーツ前後。
ここは、任意時間無制限で30バーツ..良心的だな〜。
そうこうしている間に用無し女のステージ出番。
「ね..あの子にも花輪を.ね」
とお気に入りが耳元でささやく
  「お〜お〜、あげて頂戴、マイペンライ」
これで暫くは邪魔者がいない.ムフフ..と思いきや
別の用無しが「サワディー・カ」
コーラ30バーツの追加(フン、安いもんだ、しかし邪魔だ)
又も,第二用無し女のステージ出番
「私達、一緒に住んでるの。お友達なの。ね.花輪を..」
  「..あげて頂戴、マイペンライ...」

やがてお気に彼女のステージ出番
やけに回転が速いなと..
ここで気が付いた。一人1曲しか歌ってないではないか。
昔はワンステージ4〜5曲は歌ったもんだ。
この後、何回ステージにあがるのかとシブッているうちに
彼女の首には、な!なんと金色リボンの極太一本1000バーツ花輪が燦然と輝いている。
ムチモモも金リボンに負けず輝いている。
俺じゃねえぞ..と客席を見渡せば
彼方にジョニ黒をテーブルにデンと構えたヨイショ連れのタニマチ登場。
(どっかの成金か?お、こっちを見やがった。あ!笑いやがった!)
あわててボーイを呼び、
「あげて頂戴、彼女に金リボンをあげて頂戴!」

ステージを降りた彼女は、あちらのテーブルと、こちらのテーブルに行ったり来りの大忙し。
しかし、彼女の座り方が変わってきた。腰をピッタリと寄せてきている。
その昔、タニヤのチーママの言葉が頭をよぎる。
『店の子とお客さんが出来ているかどうかは、座り方で解るの。腰がぴったりくっ付いてる。
でもね、なんだかベトベトしたくっ付き方は女の子はお金がお目当て。これなら安心。
心配なのは、何となく恥じらいながらピッタリくっ付いている場合、惚れてるのよ。困ったもんだわ』
で、彼女の場合は、何となく恥らいつつピッタリと...
(ヤレヤレ、困ったもんだわい。所帯持ちと言ってるのに...。)
ズルズルズルーッと身体ごと泥沼に....。

その後も彼女のステージ出番が繰り返され、金リボンが飛び交う。

午前2時少し前、ラストステージ。
店のスターらしき歌手が中央で歌い、その他歌手総勢が後方に並びリズムに合わせ
腰を振る...でもなく踊るでもなく、ただ足を交互に前に出し、ズラ〜ズラ〜。
これが最後と金リボン、花輪の乱舞。

待ちに待った閉店
席にもどってきた彼女に「食事でも行こうか?」
「ごめんなさい、今日は田舎からお母さんが来てるの」
トホホ...いや!これで良いのだ今夜は免疫のアップデート。

請求書に目をやる。目が「・」となる。
(...た、足りない..)
やがて、ボーイに連れられ外へ出ると、
タニマチのベンツに乗り込む彼女の姿が見える。
(..フフン、成金め。泥沼に足を取られやがって)

彼はボーイの運転するバイクの後部座席に跨り、24時間ATMを探しに..。

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2002年 1月

「マイペンライ」について


「(そんな小さな事)どうって事ない」
一般会話の中では、お礼に対し「どういたしまして」、謝罪に対し「気にしないで」となるのだが、
どうも腑に落ちない使われ方をする場合がある。
例えば
街中の地元レストラン、飲み物を運んできたウエイトレスがテーブルに飲み物をこぼす。
慌てて、掃除をしつつ一言「マイペンライ・ナ・カ」
その詫び方にちょっと引っかかる当方は
「その言葉(マイペンライ)は君の謝罪に対し、私が応える言葉でしょう」と突っ込む。
これらを見聞きしていた周囲の客達は
「日本人の言うことがもっともだ」..とは見てくれず
「なんとケツの穴の小さいオッサンだ」と見下されるのがオチ。

確かに、当ウエイトレスの適切な謝罪の言葉が有る無しに拘らず
(実際は心の中で詫びているのであろう)、トラブルそのものは故意でもなく些細な事。
マイペンライ..(そんな小さな事)どうって事ない。
思い返せば
過去の数え切れないトラブルも原因は取るに足ら無ない(あって当たり前の)小事を
その後のやり取りで感情の抑制を逸し、自ら事を荒立てた事か。
10分やそこそこの時間のズレに何時間も何日もこだわった事か。

マイペンライ のんびりイライラ タイライフの分かれ道。

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2000年10月

立志編


私は14年前の1986年春、胸に大いなる希望と「今夜のおかず」他数冊の料理本を胸に抱え、
妻と7ヶ月になる長男を連れて、プーケット(妻の実家)へ転がり込んでまいりました。
先ず最初に、百万円の予算で日本食レストランをタウンにオープンしました。
予算は店の権利金、内装、備品購入などで瞬く間にキレイサッパリなくなりました。

板前さんを雇う余裕はなく、未経験ながらも
持参した料理本「今夜のおかず」と計量カップを頼りに、自ら包丁をとり板場に立ちました。
店の名前は「亜希」、アジアの希望です。なかなか良い、気に入った店名。

その後、「亜希」は二ヶ月半で閉店とあいなりました。

以後、現地旅行会社、ホテル、装飾品製造輸出、天然ゴム品質管理などの
サラリーマンを転々としてきましたが、やっぱり、屋台を曳いてでも
自分が大将になりたい!

子供もの頃からよく聞かされた
「世の中そんな甘いもんやないで」、「好き嫌いで判断したらあかん」
「何事も辛抱が大事や」云々...。面白くもクソもない。

13年後
レストランを2ヶ月半でつぶして、あっちこっち、あれやこれやで十数年
1999年春、一念再発起し、長年の願望であった(実際はつい半年前の思いつき)
楽譜製作販売会社「ANDANTE CO.,LTD」をプーケットに設立。
企画、製作、営業、経理、管理全てを兼任し、先ず、会社登記、労働許可証の取得、
コンピューター及び楽譜製作ソフトの操作習得などに半年を費やしているうちに、
蓄えが底をついてしまった。

進め!歩め!願望達成へまっしぐら!..とはいえ、家族を食わしていかねばならない。
家族会議の結果、「ANDANTE」の業務内容を楽譜製作販売から、あっさりとタイメシ屋に変更。
1999年秋、場所はプーケットタウンの市場の中、これも失業中の義兄弟姉妹と手を組み
タイメシ屋を開店、顧客は主に市場内で商売をしているお仲間さん。
カレーやラーメンやぶっかけ飯を10バーツから20バーツで売るマイペンライの商売。
売上は少ないが、残り物を兄弟姉妹三家族が仲良く分け、生活上食うには困らない。
皆で和気あいあいと始めたものの、タイメシ屋ではで自分の役がない、出る幕がない。
かといって、ノンビリ遊んで暮すほどの時間はあっても金が無い。
とりあえずは、皿洗いを始めた。
お客さん(周りの商人)は「日本人は皿の洗い方が丁寧で清潔だね」と人気上々、
気を良くし得意になれたのも最初の一週間。胸にポッカリ穴が空き、風がスースー流れた。
十数年前の「今夜のおかず」がふと頭をよぎった。

日本料理のなかで、タイ人にも好まれそうな品、
食材の現地調達が可能で
現地価格で勝負できるもの

世界一安い日本の味!!
醤油ラーメン25バーツ(約65円)=販売実施済、挫折!中止
手打ちうどん30バーツ(約78円)=販売奮闘中、挫折間近
日本カレー25バーツ(約65円)=販売計画中、期待大


醤油ラーメン編
タイ人も日本人同様ラーメンが好きだと思う、特に華僑系タイ人。
至る所でラーメン屋が目につく、自分が好きだから余計に目につく。
代表的な麺は小麦粉で作ったタマゴ入りの中華麺が2種類、
細目の「バミー」、太目の「ホッキアンミー」。
米粉でつくった白い麺が2種類、細目の「クイティアオセンレック」、
極太薄っぺらの「クイティアオセンヤイ」。
スープは薄めの透明スープが鶏ガラ、またはトン骨(日本のような白濁ではない)、
または、濃い色のアヒル出汁、変わったところでブタの鮮血を混ぜ赤茶濁したスープなど。
中に入れる具はバライティーに富み、スープに合わせ鶏、豚、アヒルにフィッシュボールと
野菜がベースでその他、小エビやイカ、内臓、カマボコ、てんぷら、
豚血の塊(豆腐状)などが付け加えられる。
味付けはナンプラーと味の素とニンニクのフライとコショウなど。ただし、そのままでは薄味なので
砂糖(スプーン2杯?)、唐辛し(スプーン3杯?)、酢、ピーナッツ粉、などを好みで追加する。

スープにしても調味にしても日本ほどに念を入れて作っているようには思えない。
そこで、焼き豚を作り、その煮汁をタレにした醤油ラーメンが売れるのでは?と単純に思った。
早速、ネットで情報収集。
豚肉塊を糸で縛り、生姜、ニンニク、塩砂糖入り醤油に浸し、とろ火で煮ること1時間、
焼き豚と煮汁(醤油タレ)の出来あがり。
スープは、とん骨と野菜の残りをアクをとりつつボイル3時間できあがり。
麺は、手打ちはめんどくさいので(実際に打ったものの、細くカットが難儀)市販の中華麺を使用。
具は、焼き豚、自家製メンマ、アオ野菜、モヤシ、ネギ、ナルトの替わりに玉子出汁巻き。
オ〜!なかなか、美味いではないか!まさしく日本の醤油ラーメンできあがり!

現地ラーメンの7〜8倍の値段で日本人や
一部の金持ち日本贔屓タイ人相手の高級レストランではない。
市場の中、鉢巻きした兄ちゃんや姉ちゃんが相手の味と量と安さが勝負の地元食堂。
材料はキッコーマン(シンガポール産)以外全て現地調達、
筋向いのラーメン屋が20バーツなので、当店はキッコーマンの付加価値をプラスし、25バーツ
世界一安い(と思う)醤油ラーメンの出来あがり!

「バミーナーム ジープン ヌンティー」(日本ラーメン1丁)の初注文。
皿洗いよさらば、私の出る幕がやってきた。
自ら店頭に立ち麺を湯がき、スープをはり、タレを入れ、そして、具を色とバランスよく配置する。
焼き豚を中央に、黄色の出汁巻きはこっち、緑の野菜はあっち、こら!メンマ、焼き豚にくっつくな!
恐る恐るお客さんの待つテーブルへ運び、食べる様子を盗み見する。
お客さんは静かに一匙のスープをすすった。その後、
せっかくの具のバランス配置は何の意味も持たなかった。
やおら、テーブル上のお馴染み4点セットに手を伸ばし、
スプーン大盛り唐辛子2杯と砂糖2杯を入れ、グシャグシャとかき混ぜた。
ラーメンの食べ方は、先ず中央の焼き豚をつまみあげ、心の中で「あ・と・で」とつぶやき
右端へずらし、空いたスペースの麺をまわりの具に気を配りながら引き上げて食べる
はずではなかったかですか、大友柳太郎さん!
追い討ちをかけるように食後の感想は「具が少ない」だった。
かくして、具にフィッシュボールが加えられ、内臓やイカが加えられ
出汁まきとメンマが姿を消し、醤油タレの替わりにナンプラーが使用されるようになるまでに
一月はかからなかった。
「世の中そんな甘いもんやないで」「好き嫌いで判断したらあかん」
「何事も辛抱が大事や」の声が頭の中で鳴り響く。クソ!


手打ちうどん編
適当でもいいから自分を納得させられる醤油ラーメン販売失敗の原因調査と今後の改善対策を.。
マイペンライで済まされない、これが日本人の性と言うものか。
日本の醤油ラーメンといっても、醤油タレとナンプラーの違いしかないではないか
つまり、これが日本の味だ!と言うインパクトが少ないのではないか
もっと差異のある、インパクトのある麺類は...とにかく私は麺類が好きなのだ。
...が、毎日醤油ラーメンを食べていた。
朝、味見の一杯、午後は(売れ行き悪く)負け惜しみに一杯。
さすがに飽きてきた。あっさりしたものが食べたくなってきた。

私は関西人、うどん大好き、うどんが食べたくなった。
そうだ、うどんを売ろう、うどんこそ日本独特の味で美味しいし、きっとタイ人も好きになる。
「好き嫌いで判断したらあかん」という声は、またしても頭から離れた。
うどんは中華麺と違い、市場では手に入らない、自分で打つしかない。
早速、ネットで情報収集。

材料...ん?強力粉?、中力粉?そんな区別はこちらではわからない。要はメリケン粉。
メリケン粉1キロ、お湯450ml、塩30gを混ぜて分厚いビニール袋に包み、
足で踏み、平らに延ばし、折りたたみ、また足で踏み、延ばし繰り返す事5回。
テーブルに載せ手のひらでこねこね、丸め、シワを延ばし集めてヘソで捻り、
ビニール袋に入れ1時間寝かす。これらを2回繰り返す。
テーブルにカタクリ粉を散し、麺棒でゴリゴリ、クルクル3ミリの厚さにまで延ばし、
屏風のように畳み折り俎板の上で適当な幅に押し切り、10分間湯がき、水洗い。
手打ちうどん(麺)ができた。
つゆは簡単、かつお風味本だしと干しシイタケ、醤油、塩と砂糖少々。味りんは持ってない。
具は小エビの寄せ揚げと鶏肉、だし取り後の干ししいたけ、ネギ。
赤白のカマボコは原価が高いので省く。
販売値段はキッコーマンと本だしの付加価値をプラスし
世界一安い(と思う)30バーツ(約78円)手打ちうどんの出来あがり!美味い、ホント!
これから毎日こんなに美味いうどんが食べられるとは、一人幸福気分に浸る

しかし、
1回の工程に4〜5時間かけて、出来上がるうどんがせいぜい40人分
「これじゃ、完売しても商売にならない。生産が追いつかなくなれば職人を雇うか。」
と心は捕らぬ狸の皮算用
さて、初日の売上げは...クチコミで5杯
ま、初日だし、サシミやテンプラと違って知名度があるわけではないし、クチコミですからね..
それから1ヶ月、
あいかわらず5、6杯。
お客さんの顔ぶれは毎日殆ど同じで評判は上々。しかし5、6杯。
うどん打ちには力が必要。その力が、やる気が萎えてきた。
(何事も辛抱が大事や)
しかも、追い討ちをかけるがごとく、経済的圧迫が襲ってきた。
生活は売れ残りを食べて、食うには困らないものの現金の回転がぎこちなくなってきた。
(世の中そんな甘いもんやないで)
またまたサラリーマンに戻るか...ため息。
かくして1999年12月、私はサラリーマンに復帰し、
市場のタイメシ屋のメニューから日本食が消え去りました。
(好き嫌いで判断したらあかん)

結局、現地旅行会社にサラリーマン復帰しました。
現地旅行会社での主な仕事は
日本の旅行代理店から送られてくるパッケージツアーのお客様を
ただ待つこと
と、空港への送迎とツアーの案内(ガイド派遣)という誰にでもできる簡単な仕事
と、何かの際のあやまり役
何事も辛抱が足りず、新もの好きの私は、お客様をただ待つだけでは(辛抱しきれず)
自ら獲得できないものかと華僑社長を説得し、ネット集客の現地旅行会社を設立しました。
もちろん雇われマネージャーですが、これまでプーケットの当業界では前例のない営業体系の為
全て私の好きなように裁量を与えられ、やる気まんまん、サラリーマンをエンジョイしております。
過去の(転職)経験から..2年は続くだろうか..。

これもネットがきっかけです。ネットがチャンスを与えてくれます。情報交換です。
40過ぎの手習いで、且つ情報に疎い生活を続けておりましたので
余計に有り難さが身にしみます。
尋ねれば誰かが答えてくれる
また、答えられる喜び
「プーケット商売会議所」なんかできたら面白いだろうな〜と思うのです。

話しは戻り
2000年夏、タイメシ屋は「タウンの日本語の通じる地元タイメシ屋」として、
ANDANTEのホームページで紹介されながらも日本人観光客はもとより、
在住日本人にも無名のまま
細々と赤字経営を続けております。


日本カレー編

日本カレーはなぜこんなにも高いのか?
タイのカレーをぶっかけメシで食べると20〜25バーツ、日本カレーは100バーツ以上。
こっちで豊富の香辛料にメリケン粉を混ぜただけでなぜそんなに高くなるのか?
私はカレーを金を払ってまで食べたいとは思わない。それ程好きではない。
つまり、今回の発案は今までと違い、自分の好き嫌いに左右されていない。純粋ではないか。
果たして、タイ人はトロリとした、ご飯に乗っかる日本カレーを好むだろうか?
それを考えると前に進まなくなるのでとにかく作ってみよう。
早々ネットで情報収集

香辛料は、クミン、タイ語でジーラ、なるほど。
コリアンダーシード、例のパクチーの種。
ターメリック、カミンルアンだ。
あとは適当にチリ、ナツメグ、シナモン、八角などなど安く手に入る。
レシピの要点はみじん切りタメネギ炒め最低30分
と、メリケン粉同量バター炒め(この加減がわからない)
でカレールーを作る。
試作1回目(日曜日)
バターで炒めたメリケン粉の量が足らず、仕上がりつつあるカレーにトロミがつかない。
手抜きでそのままのメリケン粉を追加したところ、粉臭くなり失敗。
試作2回目(次の日曜日)
バターで炒めたメリケン粉の量を増やしたところトロミは出たものの
カレーがバター臭くなり、翌朝まで胸がむかついた。
先日の疑問、タイ人は日本カレーを好むだろうかに加え
美味しい日本カレーを作れるのだろうかと、一抹の不安。
それを考えると前に進まなくなるので次の週末に試作3回目に挑戦。
まだ、バターとメリケン粉の炒め加減が良く判らない

10月30日
タマネギやメリケン粉炒めように軽めの新しいフライパンを購入し、気合を入れて三回目の試作。
結論から言いますと、それなりの日本カレーができました。
トロミ加減も適当で、粉臭さやバター臭さもない、なるほど、日本風のカレーができたのですが、
困ったことに、あんまり美味しくない。
リンゴの替わりにタマリンドの果肉ペーストを混ぜて甘味も工夫したもののあんまり美味しくない。
粉臭い、バター臭いなど具体的な欠点には対処法も思いつき、
次回作に期待を繋げることも出きたのですが
今回はそれなりにできたもののあんまり美味しくない
で、次はどうすれば良いのかが思いつかない。
そもそもカレーが好きでもない人間が美味しいカレーを作ろうとする矛盾....。